地球が見える 2006年
「つくば」のパンシャープン画像
図の左上には、高エネルギー加速器研究機構があります。ここには、Bファクトリ−と呼ばれ、電子ビ−ムと陽電子ビームを正面衝突させて素粒子の研究を行うための直径1 kmの大型加速器の存在を示す輪が見えています。また、南北およそ3 kmのテストコースを持つ土木研究所、国土地理院、防災科学技術研究所、筑波大学が見えています。 いずれの図も肉眼で見たのと同じ色付けなので、市街地は総体的に青っぽい灰色に見えていますが、赤や青の屋根の色はその通りに見えています。森林は焦げ茶色に、草地や畑地、乾いた田圃は薄茶色に、雲は白く、雲の陰は黒っぽく、水面は黒く見えています。PRISMとAVNIR-2の観測日が異なるため、AVNIR-2の時に雲があったけれど、PRISMの時に雲がなかった場所は灰色に、AVNIR-2の時に雲がなかったけれど、PRISMの時に雲があった場所は白く(一部,白い中に青く)見えています。
万博記念公園駅の北東側は、1985年に開催された国際科学技術博覧会、通称「科学万博」の会場となった場所で、現在、先端技術企業の研究所が集積する研究団地と万博記念公園となっています。研究学園駅を取り囲む大きな楕円形は(財)日本自動車研究所のテストコースでしたが、駅周辺の開発のために昨年10月に東茨城郡城里町に移設されました。駅の南西側には傘の骨組みのような新衝突実験場の白い建物が見えています。研究学園駅の西側にも研究団地が見えています。つくばエクスプレスの始発・終着駅であるつくば駅はつくばセンター地区の地下にあります。センター地区には、つくばエキスポセンターやつくばセンタービルも見えています。 大まかに言うと、大きな建物は研究施設、公共施設、工場、大型店舗で、小さめの建物は住宅です。畑地や田圃がまだたくさん残っていることが分かります。
土浦城は、平城(ひらじろ)で、五重の堀を持ち、その姿が水に浮かぶ亀に似ていたことから「亀城」と呼ばれたとのことです。940年頃平将門(たいらのまさかど)がこの地に砦を築いたのが土浦城の始まりとされ、室町時代の1430年頃に城構えが整えられ、江戸時代の前期に増改築が行われました。その間、城主がめまぐるしく代わりましたが、1669年以降およそ200年間にわたって土屋氏が代々城主を務めました。明治時代(1868年〜1912年)に入ってからは、土浦県庁、新治県庁などに利用されました。現在残っているのは、櫓門(やぐらもん、別名:太鼓櫓)、霞門、本丸堀と二の丸堀の一部、土塁などです。「櫓門」は楼門(楼門とは二階建てで櫓のある門)で、江戸時代の前期の建物としては関東地方で唯一のものだそうです。この他、西櫓と東櫓が復元されています。 5月8日現在、陸域観測技術衛星「だいち」(ALOS)の軌道上初期チェックアウトの作業は順調に進んでいます。
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