地球が見える 2007年
千年にわたり作り上げた水の都、ヴェネツィア
メストレ駅の南にはマルゲーラの工業地帯が広がり、白く見えています。ここはイタリア最大の工業港の一つとなっています。その南側の緑深いところは葦(あし)が海面に出たラグーナです。空港の東側にもラグーナが広がりを見せているのが分かります。そのなかのトルッチェロ島は6世紀、蛮族に追われたヴェネト人が、アドリア海に面した葦の生い茂る湿地に逃げ込み、暮らし始めたところです。9世紀はじめには現在のヴェネツィア本島へ更なる避難をすることとなりました。ラグーナは自然の要塞であり、人々は無数の杭を打ち込んで家を建て、天然の水路を活かして運河にしました。ヴェネツィアの街は118の島を400もの橋と迷路のような運河でつなぎ海に浮かんでいます。 ここを中心として、726年に東ローマ帝国から自治権を獲得したヴェネツィア共和国は、以来、国家元首(ドージェ)によって統治され、1797年のナポレオン侵攻により崩壊させられるまでの間、強大な海軍力と交易による富を背景に「アドリア海の女王」として君臨していました。「東方見聞録」を口述したマルコ・ポーロの生家はヴェネツィアにあります。 ヴェネツィアは中世の昔から、馬や車を締め出して、交通手段は人間の足と船だけですが、南にある細長い島リード島は、ドイツの作家トーマス・マンの小説「ベニスに死す」の舞台であり、この島では車も自転車も通行できるようになっています。
国際連合教育科学文化機関 (UNESCO)の世界遺産としての登録基準には文化遺産が6区分、自然遺産が4区分ありますが、「ヴェネツィアとその潟」は1987年に、文化遺産の登録基準すべてを満たす唯一の世界遺産として登録されました。
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