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地球が見える 2007年

サムライも訪れた美しい港町、メキシコ、アカプルコ

図1 アカプルコとその周辺
図1は陸域観測技術衛星「だいち」(ALOS)搭載の高性能可視近赤外放射計2型(AVNIR-2)が2007年1月に捉えたメキシコ合衆国アカプルコ周辺の画像です。アカプルコは太平洋に面し、首都メキシコシティーの南西約300kmに位置する、メキシコを代表するビーチリゾートです。画像中央にアカプルコ湾が見えています。アカプルコ湾を挟むように2つの大きい湖がありますが、西側(図左)にあるのがコユカ湖で、東側(図右)はトレス・パロス湖です。その南側(図右下)にアカプルコ国際空港が見えています。図の右に蛇行するパパガヨ川が見えています。図右上と図下の太平洋上に薄く白く見えるのは雲です。
アカプルコはメキシコの観光開発の先駆けとして第二次世界大戦後に開発されました。ハワイやキューバ、そしてヨーロッパよりも近い高級リゾートとして北米の人々を中心に受け入れられ発展してきました。特に1959年のキューバ革命以降、外国人観光客が減少したキューバに代わって人気のリゾート地として、その地位を確かなものにしてきました。

図2 アカプルコ湾の拡大図
図2はアカプルコ湾周辺を拡大したパンシャープン画像です。パンクロマチック立体視センサ(PRISM)と高性能可視近赤外放射計2型(AVNIR-2)のデータを組み合わせて作成しました。湾西部に位置するかぎ状に曲がった半島のほとんどに人の手が加えられており、その沖に位置する緑豊かなロケタ島とは対照的です。

半島の付け根にはスペイン語で「広場」を意味するソカロがあり、そこを中心に旧市街が広がっています。半島の付け根東側からビーチ沿いの道路を2kmほど東に行くと、ババガージョ公園があります。ここには熱帯性の木々や花が植えられて、何種類もの野鳥が生息しているそうです。公園のところからビーチ沿いに数kmにわたって高層ホテルが立ち並んでいる様子が、地面に陰を落としていることで分かります。ビーチの東端のところには、褐色の長いデッキを擁する船が見えますが、船の北東にある三角形の広い敷地内に白く丸い石油タンクがいくつか見えることから推測して、船はタンカーだと思われます。

長いビーチの中ほどには明るい緑色のゴルフ場が見えており、ゴルフ場の南東の海岸にはCICI(シシ)というテーマパークがあって、人工の波が押し寄せるプールやウォータースライダー、イルカのショーなどのアトラクションが行われる水槽が水色に見えています。アカプルコは年間300万人が訪れるリゾート地となっています。

図3 アカプルコ 旧市街(オールドアカプルコ)拡大図
(Google Earthで見るアカプルコ (kmz形式、1.93MB、低解像度版))
半島付近をさらに拡大すると、半島付け根の東側に東西に長い直線状の埠頭があり、大きな船舶が停泊しているのが見えます。パンシャープン画像に使用したデータは同時に捉えたものではありませんが、両日とも客船が停泊していたようです。2006年10月8日に停泊していた船の長さは約294m、2007年1月8日は約270mです。この画像からは分かりませんが、互いに舳先(へさき)の向きが違っていました。船の長さから推測すると定期的に行き来する豪華客船が停泊していたと思われます。
また、埠頭の対岸にはヨットクラブがあり、多数の小型船舶が係留されているのが見えます。ヨットクラブ南西の半島内部に闘牛場がありますが、白い円を取り巻く褐色のスタンドとして見えています。アカプルコ名物の「死のダイビング(ラ・ケブラダ)」は半島の付け根西側の太平洋に面した入り江で行われ、40数メートルの切り立った断崖から白く泡立つ海面めがけて飛び込むそうです。客船ターミナルのすぐ上に見える五角形の星形は、16世紀に海賊から町を守るために作られたサンディエゴ要塞です。大地震で崩壊した後に総石造りで再建され、周囲を堀でめぐらした建物の内部はアカプルコ歴史博物館になっています。

アカプルコは16世紀の初め、スペイン人エルナン・コルテスが上陸した頃には先住民の小さな村があるのみでしたが、比較的波が穏やかで港に適していたため、スペインのアジア貿易の重要な中継地として急速に発展しました。それから100年の後、1613年9月(慶長18年)には支倉常長(はせくらつねなが)が、仙台藩主伊達政宗の命を受け、180人余の慶長遣欧使節を率いて日本を発って3ヵ月後にアカプルコを訪れました。使節団はメキシコシティーを経由し、随員20数名を連れてメキシコ湾岸から再度船出してスペイン、ローマへ向かいましたが、政宗の通商開設と宣教師派遣の要望はスペイン政府に受け入れられず、1620年に帰国しました。さらに、悲運の常長を待ち受けていたのは徳川幕府のキリシタン禁止令で、スペインにてキリシタンとなった常長は不遇のままに生涯を終えなければなりませんでした。日本出発がもう少し早かったなら、太平洋・大西洋を超え、異国の文化を持ち帰った常長は、国民的英雄であったはずです。高級ホテルが立ち並ぶオルニートス・ビーチの浜辺には、1972年に仙台市から寄贈された支倉常長記念碑が立っています。



観測画像について:
(図1〜図3)
観測衛星: 陸域観測技術衛星「だいち」(ALOS)
観測センサ: パンクロマチック立体視センサ(PRISM)及び高性能可視近赤外放射計2 型(AVNIR-2)
観測日時: 2006年10月8日17時18分頃(PRISM)及び2007年01月8日17時19分頃(AVNIR-2) (いずれも世界標準時)
地上分解能: 2.5 m(PRISM)および10 m(AVNIR-2)
地図投影法: UTM(ユニバーサル横メルカトール)
PRISMは地表を520〜770 nm(ナノメータ:10億分の1メートル)の可視域から近赤外域の1バンドで観測する光学センサです。得られる画像は白黒画像です。前方、直下、後方の観測を同時に行いますが、ここでは直下視の画像を使っています。
AVNIR-2は、衛星進行方向に直交する方向に観測領域を変更するポインティング機能を持っていて、4つのバンドで地上を観測します。このうち、バンド1 (420〜500ナノメートル)、バンド2 (520〜600ナノメートル)とバンド3 (610〜690ナノメートル)を青、緑、赤色に割り当てカラー合成したAVNIR-2画像を「色相(Hue)」、「彩度(Saturation)」、「明度(Intensity)」に変換(HSI変換)し、明度をPRISM画像で置き換えて再合成することで見かけ上、地上分解能2.5mのカラー画像を作成することができます。
図2と3は、このように高分解能の白黒画像と低分解能のカラー画像を組み合わせて合成された高分解能のカラー画像、つまりパンシャープン画像です。この組合せでは、肉眼で見たのと同じような色合いとなり、次のように見えています。

深緑色: 森林
緑色や黄土色: 草地、畑地
青っぽい灰色: 市街地、道路
濃紺: 水面
図1は上記パンシャープン画像の元となったAVNIR-2画像を示しています。白は雲、青は湖や川、黄土色や茶色は農地、灰色は市街地、黒はデータのないところです。

関連サイト:
ALOS 解析研究ページ
秋を迎えた南半球の港町、シドニー
「つくば」のパンシャープン画像
地球が見える 陸地・地形
本文ここまで。
画像:人工衛星の情報を掲載 サテライトナビゲーター
画像:衛星利用の情報を発信 衛星利用推進サイト
画像:衛星から見た地球のデータ集
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