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地球が見える 2007年

フィリピン、ピナツボ山噴火後15年間の変遷

図1 噴火から15年後のピナツボ山
(Google Earthで見るピナツボ (kmz形式、1.04MB、低解像度版))
図1は陸域観測技術衛星「だいち」(ALOS)搭載の高性能可視近赤外放射計2 型(AVNIR-2) が2006年11月に捉えたピナツボ山です。図の大部分は濃い緑色に見えていて森林(ジャングル)であることが分かります。ピナツボ山の火口の中には直径2 kmほどの火口湖があり、東側の湖面が火山灰に覆われて灰紫色に見えています。ピナツボ山の北側のオドンネル川、西側のバリン・バクエロ川、南西側のサント・トーマス川の流域にはいまだに大量の火山灰が残っていて、灰紫色に見えています。図の右端にはクラーク経済特別区が、図の下端にはスービック経済特別区があります。
標高1,745 mだったピナツボ山はフィリピンのルソン島中央部、首都マニラの北西約90 kmに位置し、1991年6月に大噴火して山頂部を吹き飛ばし、標高が260mも下がって、直径2.5 kmのカルデラが出現して後に火口湖ができました。特に6月15日の20世紀最大規模と言われる大噴火では噴煙が成層圏に達し、その後の北半球の気温を0.5〜0.6℃下げたと言われています。

(a) 1990年10月31日 (b) 1991年7月5日
(c) 1993年11月6日 (d) 1995年4月18日
(e) 1997年4月19日
図2 ピナツボ山の周辺の変化
図2a〜2eは海洋観測衛星「もも1号」及び「もも1号b」、地球資源衛星1号「ふよう1号」、地球観測プラットフォーム技術衛星「みどり」に搭載された光学センサが捉えたピナツボ山周辺です。
図2aは噴火前の画像で、オドンネル川、バリン・バクエロ川、サント・トーマス川の川筋は灰紫色に見えていて、岩石や土砂が露出していることが分かります。
図2bは噴火中の画像で、広範囲にわたって火山灰が地表を覆い、噴煙がピナツボ山の火口から北西側に流れていることが分かります。1991年6月の大噴火以降、同年8月まで火山灰の噴出が絶え間なく続きました。
図2cと図2dは噴火の1年半後と2年後の画像で、ピナツボ山の山頂付近と周辺の川の流域に火山灰が残っていることが分かります。バリン・バクエロ川の河口から火山灰が南シナ海に流れ出ていることも分かります。図2dでは火口湖の存在が確認できます。
図2eは噴火の6年後の画像で、山頂付近は雲に覆われて見えませんが、ピナツボ山の北東側のサコビア川とバンバン川、東側のアバカン川の流域に火山灰が残っていることが分かります。

図3 クラーク経済特別区とアンへレス
図3は図1の拡大図です。中央に長さ4,000 mの滑走路を持つクラーク国際空港が、左上にはエキスポの跡地が、左にはゴルフ場が、右下にはアンへレスの市街地が見えます。
ここはピナツボ山から東に20 kmの近い所で、1903年から1991年までアメリカ空軍が使用していた海外で最大のクラーク空軍基地がありましたが、ピナツボ山の噴火前に全員が避難して閉鎖されました。1991年9月にはフィリピン上院がアメリカとフィリピンの軍事基地協定の延長を拒否したため、同年11月にフィリピンに返還されました。その後、1995年から堆積した火山灰の除去が行われ、クラーク空軍基地の跡を再開発してクラーク国際空港を含むクラーク経済特別区として生まれ変わりました。

図4 スービック経済特別区
図4も図1の拡大図です。一部に雲がかかっていますが、左にスービック湾が、下にスービック湾国際空港が、上にスービックとオロンガポの市街地が見えます。
ここはピナツボ山から南に35 kmの所で、1884年にスペインが使い始め、1898年から1991年までアメリカ海軍が使用していたスービック海軍基地がありました。この基地はクラーク空軍基地に次ぐ海外で二番目の規模の基地で、ピナツボ山の大噴火で大きな被害を受けましたが、1ヵ月ほどでほぼ復旧しました。しかし、フィリピン上院による軍事基地協定の延長拒否を受けて、1992年11月までにアメリカ海軍が撤収し、フィリピンに返還されました。その後、隣のオロンガポ市などとともに、スービック経済特別区として再開発が進められています。



参照サイト:
*1 広瀬典昭、他、「ピナツボ火山噴火後10年間の地形変化と土砂災害」、こうえいフォーラム第11号、2003.1
*2 ピナツボ山(米国地質調査所のサイト、英語のみ)

観測画像について:
(図1、図3及び図4)
観測衛星: 陸域観測技術衛星「だいち」(ALOS)
観測センサ: 高性能可視近赤外放射計2型(AVNIR-2)
観測日時: 2006年11月28日02時37分頃(世界標準時)
地上分解能: 10 m
地図投影法: UTM(ユニバーサル横メルカトール)
AVNIR-2 は4 つのバンドで地上を観測します。図1、図3及び図4は、可視域のバンド3 (610〜690ナノメートル)、近赤外域のバンド4 (760 〜890ナノメートル)、可視域のバンド2 (520 〜600ナノメートル)のデータにそれぞれ赤、緑、青色を割り当てたカラー合成画像です。この組合せでは、肉眼で見たのに近い色合いで植生を強調した画像となり、雲は白く、露出した岩や火山灰、道路、滑走路、建物は灰紫色に、農地や草地は薄緑色に、森林は深緑色に見えます。黒や濃紺は水面(海や湖)、データがないところを示しています。 北側の斜面も黒っぽく見えています。

(図2a及び図2b)
観測衛星: 海洋観測衛星1号「もも1号」(MOS-1)(図2a)
海洋観測衛星1号b「もも1号b」(MOS-1b)(図2b)
観測センサ: 可視近赤外放射計(MESSR)
観測日時: 1990年10月31日02時30分頃(世界標準時)(図2a)
1991年7月5日02時32分頃(世界標準時) (図2b)
地上分解能: 50 m
地図投影法: UTM(ユニバーサル横メルカトール)
 可視域の610〜690ナノメートル、近赤外域の720〜800ナノメートル、可視域510〜590 ナノメートルの各バンドに赤、緑、青色を割り当てているので、上記のAVNIR-2画像とほぼ同じように見えています。

(図2c及び図2d)
観測衛星: 地球資源衛星1号「ふよう1号」(JERS-1)
観測センサ: 可視近赤外放射計(VNIR)
観測日時: 1993年11月6日02時42分頃(世界標準時) (図2c)
1995年4月18日02時47分頃(世界標準時) (図2d)
地上分解能: 18.3 m×24.2 m
地図投影法: UTM(ユニバーサル横メルカトール)
可視域の630〜690ナノメートル、近赤外域の760〜860ナノメートル、可視域520〜600 ナノメートルの各バンドに赤、緑、青色を割り当てているので、上記のAVNIR-2画像とほぼ同じように見えています。

(図2e)
観測衛星: 地球観測プラットフォーム技術衛星「みどり」(ADEOS)
観測センサ: 高性能可視近赤外放射計 (AVNIR)
観測日時: 1997年4月19日03時11分頃(世界標準時)
地上分解能: 16 m
地図投影法: UTM(ユニバーサル横メルカトール)
AVNIR は4 つのバンドで地上を観測します。可視域のバンド3 (610〜690ナノメートル)、近赤外域のバンド4 (760 〜890ナノメートル)、可視域のバンド2 (520 〜600ナノメートル)のデータにそれぞれ赤、緑、青色を割り当てているので、上記のAVNIR-2画像とほぼ同じように見えています。

関連サイト:
ALOS 解析研究ページ
ワシントン州セント・へレンズ山を立体視
地球が見える 陸地・地形
本文ここまで。
画像:人工衛星の情報を掲載 サテライトナビゲーター
画像:衛星利用の情報を発信 衛星利用推進サイト
画像:衛星から見た地球のデータ集
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