地球が見える 2008年
陽光あふれる港町:ナポリ
画像では、ナポリは市街地と工業地帯がイタリア鉄道ナポリ中央駅を挟んで、東西で灰色とレンガ色できれいに分かれて見えています。工業地帯の北側にナポリ国際空港がありますが、残念ながら雲の下になって見ることができません。ナポリ中央駅から北東約13kmのところに灰色の広大な工場群が見えていますが、これはイタリアを代表する自動車メーカーのひとつ、アルファ・ロメオの工場です。 イタリアは日本同様火山が多い国で、画像に点在する白い雲の間にヴェスヴィオ火山(1,281m)がナポリ東側に見えているほか、西側には多数の火口を擁するフレグレイ平野と呼ばれる幅13kmにおよぶカルデラが見えます。現在、火口は水をたたえた湖やゴルフ場になっています。 この画像中には国際連合教育科学文化機関 (UNESCO)に登録された世界文化遺産が3ヶ所あります。1995年に登録された「ナポリ歴史地区」、1997年に登録された「ポンペイ、エルコラーノ及びトッレ・アヌンツィアータの遺跡地域」および「アマルフィ海岸」です。 ヴェスヴィオ火山の南に「ポンペイ、エルコラーノおよびトッレ・アヌンツィアータの遺跡」の一つであるポンペイの遺跡があります。ポンペイは紀元前6世紀頃からローマの植民地として栄えた都市でしたが、79年8月24日、ヴェスヴィオ火山が噴煙と火柱をあげ、ポンペイは灰と泥土の下に埋もれてしまいました。その後人々から忘れ去られていましたが、18世紀以降、遺跡が発掘され続け、当時の都市の姿を現代に甦らせています。ポンペイ同様に埋もれたヴェスヴィオ火山の西側にあるエルコラーノでは、小規模ながらポンペイよりも優れた排水設備や壁画が発見され、さらにポンペイの南側にあるトッレ・アヌンツィアータでは、皇帝ネロの后のものと見られる別荘まで発見されています。 ポンペイの南西に、ナポリ民謡「帰れソレント」で有名なソレント半島が見えます。ソレントは半島の先端に近い、高い崖の上に作られた昔ながらのリゾート地で、崖の下は小さな漁港となっています。画像ではレンガ色の街として見えています。ソレントからサレルノまでの約40kmの海岸線はアマルフィ海岸と呼ばれ、世界で最も美しい海岸線の一つです。 ソレント半島の沖には青の洞窟で有名なカプリ島が見えています。ローマ皇帝アウグストゥス帝(BC63-14)は所有していたイスキア島(図1左)とこの島を交換して「甘美な快楽の地」と呼んだそうです。島は自然保護地区であるため、珍しい植物や動物、海中の生物が平和に共存しています。青の洞窟はちょうど雲から外れきれいに映っているカプリ島北側の崖下にあります。
冒頭に述べたサンタ・ルチアはかつて漁港として栄えた地区ですが、今ではここからのヴェスヴィオ火山やナポリ湾のパノラマが良く見える高級ホテルやレストランが並んでいます。 ナポリ湾に突き出た逆三角形のところが、小島に建てられた卵城です。12世紀にノルマン王によって建設され、13世紀にはアンジュー家の王の居城となりました。名前の由来は「魔法の卵」をビンに入れて土台に埋め込んでおくと建物が永久に持つという中世の伝説に基づいたものです。 スペイン統治時代の17世紀初頭に建設されたナポリ王の王宮ヌオヴォ城(卵城と区別するため新しい(Nuovo)城と命名されました)、ナポリの町を見下ろすヴォメロの丘の上に建つサン・テルモ城、今は国立美術館として利用されているサン・マルティーノ修道院なども、世界文化遺産「ナポリ歴史地区」の代表的な建物です。 ナポリはイタリア料理の源流とも言われ、パスタ、ピザ、ジェラートなどが誕生しました。イタリア半島におけるパスタの歴史は非常に古く、ローマ近郊にある紀元前4世紀のエルトリア人の遺跡からは現在とほぼ同じパスタを作る道具が出土されています。当時は焼いたり揚げたりして食していたそうですが、現在のように乾燥したものをゆでて食べるようになったのは、16世紀半ばにナポリで飢饉に備えるために保存食が必要となったのがきっかけだそうです。
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