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地球が見える 2005年

沙漠を貫く、船の近道:スエズ運河

図1 VNIRが捉えたスエズ運河
 図1は、地球資源衛星1号(ふよう1号)に搭載された光学センサが捉えたスエズ運河です。上の黒い部分は地中海、下の黒い部分はスエズ湾で紅海につながっています。スエズ運河は、地中海側の港湾都市ポートサイドからティムサ湖、ビター湖を経由して、紅海側の商業都市スエズのところまで、出入り口付近の進入用水路施設を含めて全長195 kmにわたって延びています。ポートサイド周辺は黒っぽく見えていて、干潟のような湿地帯が広がっていることが分かります。スエズ運河は地中海側と紅海側の水位の違いがほとんどないため、パナマ運河とは違って途中に水位の差を調整するための閘門(こうもん)はありません。スエズ運河の東側はシナイ半島で、乾燥した大地が広がっています。一方、西側はナイル・デルタが近く、ナイル川から引かれた水で灌漑された緑色の畑地が見えています。

図2 スエズ運河周辺の拡大図
図2を見ると分かるように、スエズ運河の大半は単線区間で、双方向の航行ができる区間(バイパス)が5カ所に限られています。このため、通過する船は10〜15隻で船団を組んで、縦1列になって航行します。通過時間は平均約15時間で、年中無休で運用されています。2004年11月にタンカーが座礁して3日間閉鎖されましたが、これは、ここ30年間で(1975年6月の再開以来)最長だったということです。
フランスの外交官レセップスの手によってスエズ運河が開通したのは1869年11月のことで、当時の水路幅は44m、水深は10mでした。その後、行われた何回かの拡張工事の中で最大規模のものが1975年から1980年までのスエズ運河第1次拡張計画で、その際、日本政府は有償資金協力を行い、日本の民間企業の技術力が生かされました。その結果、航路幅は89 mから160 mへ、水深は14.5 mから19.5 mへ拡張され、従来の5万トン級タンカーに替わって15万トン級が通行可能となりました。その後も工事が行われて、現在の水路幅は200〜210m、水深は22.5mとなっており、喫水22 mの25万トン級タンカーが通過可能です。
スエズ運河を通過する船舶は年間およそ15,000隻でこれは世界の海運の7%に当たります。また、通過船舶の22%が石油タンカーで、44%がコンテナ船(いずれも2003年の総トン数ベース)となっています。以前は、石油タンカーが多かったのですが、最近、喜望峰経由の超大型タンカーが就航したり、スエズ・地中海パイプライン(SUMED)の容量が増大したりして、石油タンカーの通航量が減る一方、アジア・ヨーロッパ間の貿易の増大に伴ってコンテナ船の通航量が増えているとのことです。
スエズ運河庁によると2004年の通航料収入は過去最高の30億ドル(3,300億円)と推定されており、エジプトにとって重要な外貨収入源になっています。



参照サイト:
世界の貿易を支える海の大動脈〜スエズ運河第1期拡張計画(外務省のホームページ)
エジプト基礎情報〜産業(在エジプト日本国大使館のホームページ)

観測画像について:
(図1及び図2の中央部)
観測衛星: 地球資源衛星1号「ふよう1号」(JERS-1)
観測センサ: 可視近赤外放射計(VNIR)
観測日時: 1996年5月9日午前8時51分頃(世界標準時)
地上分解能: 18.3 m×24.2 m
地図投影法: UTM(ユニバーサル横メルカトール)
近赤外域の760〜860ナノメートル、可視域の630〜690ナノメートル、 520〜600ナノメートルの各バンドに緑、赤、青色を割り当てているので、肉眼で見た色に近い色付けで植生をやや強調した合成画像です。雲は白く、露出した岩や土砂は白や薄い黄土色に、市街地は灰色に、植生は鮮やかな緑色に、水面は黒く、湿地帯は黒っぽく見えます。

(図1及び図2の周辺部)
観測衛星: 環境観測技術衛星「みどりⅡ」(ADEOS-II)
観測センサ: グローバルイメージャ(GLI)
観測日時: 2003年5月10日
地上分解能: 250 m
地図投影法: UTM(ユニバーサル横メルカトール)
GLIの250m分解能の観測波長帯のうち、中間赤外域の2210ナノメートル(チャンネル 29)、近赤外域の825ナノメートル(チャンネル23)、可視域の545ナノメートル(チャンネル21)のデータにそれぞれ赤、緑、青色を割り当ててカラー合成した画像です。雲は白く、土壌や露出した岩肌は茶色っぽく、植生は緑色に、水面は黒く、塩地は水色に、それぞれ表現されています。

関連サイト:
サハラ沙漠の円形農場と衝突クレータ
エジプトはナイルの賜物


付録:
近道効果:
ロンドン・ペルシャ湾間の航路の場合、アフリカ南端の喜望峰を経由すると11,300カイリ(20,900 km)ですが、スエズ運河経由だと6,400カイリ(12,000km)と43%短縮できます。航行日数でいうと20ノットで航行する場合、喜望峰経由だと24日かかりますが、スエズ運河経由だと14日で済みます。なお、1カイリ=1,852m=子午線1分の長さ、1ノット=1カイリ/時です。
ロンドン・横浜間の航路の場合、喜望峰経由だと14,500カイリ(26,900km)ですが、スエズ運河経由だと11,000カイリ(20,400km)と24%短縮できます。20ノットで航行すると、スエズ運河経由の場合の航行日数は23日で、喜望峰経由に比べて7日縮めることができます。

レセップス以前の歴史:
地中海と紅海を水路で結ぶという構想はかなり昔からあったようで、きちんとした記録が残っていて最も古いものは、エジプトの第26王朝のネコ2世(紀元前610〜595年)の下で、ナイル川のペルージャン支流とビター湖の北端を結ぶ運河が建設されたというものです。その後、何回か放棄と再建を繰り返して、紀元後767年には反乱軍への補給を絶つため、閉鎖されました。近代的な運河建設の検討が最初になされたのは、ナポレオン・ボナパルトのエジプト遠征の結果を受けた1799年のことですが、計算間違いのために地中海の水位が紅海の水位よりも9mも低いとの結果が出たため、ただちに計画は中止されました。
本文ここまで。
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