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地球が見える 2005年

発展を続ける天使の都:バンコク

図1バンコクとその周辺

図1は、8年前(1997年)にJAXA(旧NASDA)の地球観測プラットフォーム技術衛星「みどり」(ADEOS)に搭載された高性能可視近赤外放射計(AVNIR)が捉えたタイ王国の首都、バンコクとその周辺です。図の中央にはバンコク(ドン・ムアン)国際空港が白っぽくくっきりと見えています。その南にはバンコクの市街地が茶色っぽい灰色に見えています。図の中央を北から南へ流れているのはチャオプラヤー川で、緑がかった灰色に見えており、水が濁っていることが分かります。バンコク市街地の南の、図の端の明るい緑色のところはエビの養殖場です。他の大部分は、緑色や茶色で、広大な水田や畑が広がっています。また、道路、特に高速道路が白い筋として見えています。

図2 バンコクの中心部

図2は、バンコク市内の拡大図です。チャオプラヤー川を行き来する船が見えています。かつてバンコクは運河を利用した水上交通が盛んで「東洋のベニス」と呼ばれていましたが、経済発展とともに多くの運河が埋め立てられて道路になってしまいました。それでも、よく見ると運河が何本か見えています。

チャオプラヤー川西岸のトンブリー地区には1767年から1782年にかけて都が置かれていましたが、1782年に現在の王朝であるバンコク王朝が建国され、その中心として、王宮とワット・プラケオ(エメラルド寺院)が建設されました。

バンコク市内には仏教寺院(ワット)が非常に多く、王宮近くでは、巨大な仏像が横向きに横たわっているワット・ポー(涅槃仏寺)や三島由紀夫(1925〜1970)の遺作となった「豊穣の海」4部作の第三部「暁の寺」の舞台となったワット・アルンがあります。また、王宮の北東にはイタリアから輸入された大理石で作られたワット・ベンチャマボピット(大理石寺院)があります。その近くには、プーミポン現国王一家が暮らすチットラダー宮殿やドゥシット動物園が見えています。

王宮の南東には、チャイナタウンがあり、その先にタイで最大の鉄道駅、ホアランポーン駅が見えます。ここからタイの各地への列車が発着します。その南のチャオプラヤー川沿いのところに世界一サービスの良いホテルとして知られるオリエンタル・ホテルがあります。このホテルは1876年に開業し、文豪サマセット・モーム(1874-1965)が逗留して、執筆活動を行ったことで有名です。

オリエンタル・ホテルの東側や、ルンピニー公園の東側には、左上に濃い影を伴う高層ビルが数多く見えています。

なお、JAXAと関連の深い施設として、図1の上の方のクロンルアン地区にアジア工科大学院(AIT)が、また図1の右の方のラクラバン地区にモンクット王工科大学ラクラバン校とタイ地理情報・宇宙技術開発機構(GISTDA)の受信局があります。

現在のバンコクは交通渋滞緩和のため、高速道路に加えて高架鉄道のBTS(Bangkok Mass Transit System、通称スカイトレイン、1999年12月に開通)、地下鉄(2004年7月に開通)が整備されました。また、バンコクの東では第2国際空港として、スワンナプーム国際空港が2005年9月末の開業を目指して、工事中です。今年9月に打上げが予定されている陸域観測技術衛星(ALOS)の運用が始まれば、最新のバンコクの画像が取得できるものと期待されます。



観測画像について
(図1、2)
観測衛星: 地球観測プラットフォーム技術衛星「みどり」(ADEOS)
観測センサ: 高性能可視近赤外放射計(AVNIR)
観測日時: 1997年1月10日
 AVNIRの 4つの観測バンドのうち、いずれも可視域の610〜690ナノメートル(バンド3)、520 〜600ナノメートル(バンド2)、420 〜500ナノメートル(バンド1 )のデータにそれぞれ赤、緑、青色を割り当てたカラー合成画像です。この組合せでは 、肉眼で見たのと同じような色合いとなり、次のように見えています。

深緑 : 森林
緑または薄緑 : 草地、畑地、水田、ゴルフ場またはエビの養殖場
茶色または黄色 : 枯れた草地または刈り取られた畑地や水田
黒 : 澄んだ水面
灰色 : 市街地、道路、運河
白 : 道路、滑走路、建物、または裸地

関連サイト:
霧のない晴れ上がった都、ロンドン
ギリシャ、アテネの街をクローズアップ

付録:
世界一長いバンコクの正式名称:
「バンコク」は通称で、主として外国人が使っています。地元では、「クルンテープ(天使の都」または、「クルンテープ・マハーナコーン(偉大な天使の都)」と呼ばれています。正式名称は、次のとおりで、世界一長い地名として知られています。

クルンテープ・マハーナコーン・アモーン・ラッタナコーシン・マヒンタラーアユタヤー・マハーディロッカポップ・ノッパラット・ラーチャターニー・ブリーロム・ウドム・ラーチャニウェート・マハーサターン・アモーラピマーン・アワターンサティット・サッカタティヤ・ウィサヌカム・プラシット

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によると、その意味は「イン神(インドラ、帝釈天)がウィッサヌカム神(ヴィシュヌカルマ神)に命じてお作りになった、神が権化としてお住みになる、多くの大宮殿を持ち、九宝のように楽しい王の都、最高・偉大な地、イン神の戦争のない平和な、イン神の不滅の宝石のような、偉大な天使の都。」とのことです。

タイ・シルク王、ジム・トンプソン:
図では確認できませんが、国立競技場の近くに「ジム・トンプソンの家」があります。タイ・シルク王として知られるジム・トンプソン(1906〜1967?)は第二次世界大戦末期にCIAの前身であるOSS(Office of Strategic Services)の一員として、バンコクへ向かう途中で、戦争が終結しました。彼は、平和の訪れが飛行機を使った観光旅行を増大させること、そして快適な宿泊施設が必要となることを確信して、オリエンタル・ホテルの近代化に取り組みました。このころまでに、彼は、タイに定住し、タイの将来のために貢献したいと考えるようになりました。1946年にトンプソンは、除隊の手続きのためにアメリカに一時帰国しますが、バンコクに戻ってからは、タイの絹織物(タイ・シルク)に注目し、デザインや色彩、品質の改良に努めると共に、海外での需要の創出、産業化に成功し、タイ・シルクのブランドを確立しました。なお、ジム・トンプソンは、1967年にマレーシアの山中で行方不明となり、その後の消息は分かっていません。
参考資料:Jim Thompson Thai House Museum

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