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地球が見える 2006年

名古屋城と輸送インフラの変遷

(Google Earthで見る名古屋 (kmz形式、2.92MB、低解像度版))
全体画像
  図は「だいち」が2006年5月に捉えた名古屋城周辺です。名古屋城は慶長5年(1600年)の関が原の戦いで天下の実権を握った徳川家康が、慶長15年(1610年)に海陸の連絡に便利な那古野(なごや)台地に築城を始めたものです。同時に、熱田の海から城の建設資材を運ぶための運河として、堀川の開削が始まりました。名古屋城の南西角より南に黒い線となって見えます。また、堀川より約300年後の1930年に竣工した中川運河は旧国鉄笹島貨物駅と名古屋港を結んでおり、いずれもその時代の物資輸送の柱となっていました。

名古屋駅を挟んで上下に見える茶色い線が鉄道です。画像左上から斜め右下にJR東海道新幹線、東海道本線および名鉄名古屋本線が隣合って走ります。JR中央本線は東海道線と隣合って走り、途中分岐して鶴舞(つるま)公園の西を北上します。また、名古屋駅から南下し、すぐに南西へ向かうのは近鉄名古屋線です。

戦前より航空機産業が盛んな中京工業地帯の中心都市であった名古屋市は太平洋戦争により当時の市域の約4分の1を消失しました。戦後の復興都市計画事業では日本一といわれる100m道路の建設が行われました。久屋大通は名古屋城の南東角より南へ約2kmにわたって、それに直交する若宮大通は東西約4kmにわたって延びています。100mの幅全部を使って車線があるわけではなく、公園や並木があります。今では若宮大通の上に高架の高速道路も走っているので、上空から見ると幅の広い並木道のように見えませんか。都市の発展と技術革新に伴い輸送インフラが水路、鉄道、道路へと発展していった様子がうかがえます。

また、南北に開削された中川運河を下って名古屋港に出ると埋立地が広がっています。埋立地を串刺しにするように伊勢湾岸自動車道が走っているのが見えますが、その飛島ランプを降りたところに三菱重工業株式会社航空宇宙システム製作所飛島工場があります。「だいち」を宇宙に運んだH2Aロケットはここで作られて、種子島へ海上輸送されました。輸送インフラは宇宙へとさらに広がりつつあります。時代をさかのぼり、東海道五十三次の宮(熱田)の宿から桑名の宿の間だけは、唯一海路で結ばれていました。その間は7里(28km)あり、七里の渡しと呼ばれていたそうです。ちょうど飛島のあたりを船が通っていたのではないでしょうか。それから約400年後に宇宙への渡しであるロケットが作られようとは夢のまた夢だったことでしょう。



観測画像について:
観測衛星: 陸域観測技術衛星「だいち」(ALOS)
観測センサ: 高性能可視近赤外放射計2 型(AVNIR-2)
観測日時: 2006年5月31日10時15分頃(日本標準時)
地上分解能: 10 m
地図投影法: UTM(ユニバーサル横メルカトール)
AVNIR-2 は4 つのバンドで地上を観測します。通常は、このうちバンド1 (420 〜 500 ナノメートル)、バンド2 (520 〜 600 ナノメートル)とバンド3 (610 〜 690 ナノメートル)を青、緑、赤色に割り当て、カラー合成すると肉眼で見たのと同じような色合いとなります。画像には次のようなものが見えています。

深緑色: 森林
緑色や黄土色: 草地、畑地
青っぽい灰色: 市街地、道路
赤、青、白など: 建物の屋根
濃紺: 水面(湖、池、川)

図は通常と異なって、緑にバンド2 の値× 90%とバンド4 の値× 10%の和を割り当てるという工夫をしました。緑色がやや強調され鮮やかに見えています。

関連サイト:
ALOS 解析研究ページ
地球が見える 陸地・地形
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画像:人工衛星の情報を掲載 サテライトナビゲーター
画像:衛星利用の情報を発信 衛星利用推進サイト
画像:衛星から見た地球のデータ集
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