JAXAトップページへ
 サイトマップ
タイトル
さいたま市の変遷へ 競技場の紹介へ

 日本選手団のメダルラッシュに湧いたアテネオリンピックの興奮が冷めやらぬ中、国内では毎年恒例となったスポーツの祭典「第59回国民体育大会夏・秋季大会」が開催されます。
 今大会は「とどけ この夢 この歓声」をスローガンに「彩の国まごころ国体」の愛称で、37年ぶりに埼玉県で開催されます。
 国指定史跡の「さきたま古墳群」や「吉見百穴」に代表される多くの文化財が残る歴史豊かな一面と、首都の隣県としてその機能の一躍を担うべく発展を続ける近代都市としての一面を併せ持つ埼玉県の概要や、熱戦が繰り広げられる競技会場の一部を、地球観測衛星が捉えた画像でご紹介します。

埼玉県タイトル
埼玉県

この画像は LANDSAT-5 TM の複数の画像を繋ぎ合わせた(モザイク処理した)ものです。ナチュラルカラー合成で色づけしてありますので、森林や草地といった植物が多く生えているところが緑色で、逆に都市部や住宅地など植物の少ないところは赤紫色で表示されます。
関東地図  平野としては日本最大の面積を誇る関東平野の西部に位置する、人口700万人の内陸県です。
 県の東側は、江戸時代、江戸と京都を結ぶ重要な街道であった中山道日光街道に沿って都市化が進んでいます。
 県の西側には国立公園の指定を受けた秩父山地をはじめとする豊かな自然が残されており、清流や渓谷を求めて県内外から多くの観光客が訪れます。また、県境沿いでは、流域面積で日本最大、長さでも信濃川に次いで第2位とされる利根川の雄大な流れを目にすることもできます。

彩の国キャンペーンマーク  1993年(平成4年)に埼玉県の愛称として「彩の国」が選定されました。この愛称は、埼玉の多彩な魅力や大きな発展の可能性を表しています。翌年には「彩の国キャンペーンマーク」(左図)が選定されました。ひとをモチーフに「夢がいっぱい=ブルー」、「元気がいっぱい=レッド」、「自然がいっぱい=グリーン」を表し、3人が手を取り合い、肩を組み合い、楽しく元気に前へ進もうというイメージを表現しています。

さいたま新都心
21世紀の埼玉県の中心都市として、更には首都機能の一躍を担う商業/文化の集積都市として開発が進められている、さいたま市の中枢です。 旧国鉄大宮操車場跡地を利用して1991年(平成3年)から開発が始まりました。以来、官庁/民間を問わず様々な施設が建設されています。2000年(平成12年)にはさいたま新都心駅が開業、更に2004年(平成16年)には首都高速道路「高速埼玉新都心線」が開通し、交通網の整備も着実に進められています。

川越市
さいたま市の西隣に位置する川越市は、江戸時代、川越藩の城下町として「小江戸」と呼ばれるほどに栄えました。現在でも、蔵造りの建物が建ち並ぶ当時の町並みが保存されており、江戸時代の面影を残す観光地として人気を博しています。

武甲山
武甲山
奥武蔵の名峰とうたわれ、日本武尊にまつわる神話も残る武甲山は、秩父市横瀬町にまたがる標高1,304mの山です。 山全体が石灰岩質であり古くからセメントの原材料として採掘が進められたため、明治時代の測量時よりも標高が低くなっています。画像からも、山頂から北面にかけて山肌が削り取られている様子がよくわかります。
(山頂東側の白い箇所は雪または雲です)

さきたま古墳群
日本有数の大型古墳群集地です。前方後円墳8基、円墳1基からなります。中でも、丸墓山古墳は円墳としては日本最大の規模を誇ります。昭和初期の干拓で取り壊される前は、これらの周辺に更に40基近くの小型古墳が集まっていました。

中山道(なかせんどう)
江戸時代の五街道(東海道、中山道、甲州街道、奥州街道、日光街道)のひとつで、東海道に次ぐ主要な街道でした。埼玉県内では国道17号線がほぼ同じ道なりを辿っています。埼玉県の全域画像と見比べていただくと、中山道の69の宿場町(中山道六十九次)に含まれる、蕨(蕨市)、浦和(さいたま市)、大宮(さいたま市)、上尾(上尾市)、桶川(桶川市)、鴻巣(鴻巣市)、熊谷(熊谷市)、深谷(深谷市)、本庄(本庄市)が、商業地/工業地/住宅地として今なお栄えている様子がよくわかります。


次ページ:さいたま市の変遷

EORCホームへ
JAXAトップページへ サイトポリシー