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西ブータンで発生した氷河湖決壊洪水に関する「だいち2号」緊急観測と初期解析結果
概要
- 2015年6月28日にブータン西部において氷河湖の決壊洪水(GLOF)が報告されました。
- センチネルアジアからの要請を受け、JAXAは2015年7月2日にALOS-2搭載PALSAR-2を用いた緊急観測を実施しました。
- 湖面が顕著に変化しているように見える様子が氷河湖A(ICIMODによる氷河湖IDは「mo_gl_200」)で確認されました。具体的には2015年3月8日から同年4月23日にかけて48.0%増加し、その後同年7月2日までに52.9%減少したと考えられます。
- 氷河湖Aの下流側において、モレーン(氷河作用により削り取られた土砂が堆積した地形)が崩壊したと思われる部分が洪水後の衛星画像に見られます。
ブータンで2015年6月28日に発生した氷河湖決壊洪水(GLOF)に関連して、センチネルアジア(アジア太平洋域の自然災害の監視を目的とした国際協力プロジェクト)からの緊急要請を受け、宇宙航空研究開発機構 (以下、JAXA) は陸域観測技術衛星「だいち2号」に搭載されたLバンド合成開口レーダ(PALSAR-2)を用いて、2015年7月2日5時59分(グリニッジ標準時)に当該地域の緊急観測を実施しました。
既にALOS解析利用プロジェクトにおいて公開されている「だいち」(ALOS)データを用いた「ブータン氷河湖台帳」によれば、洪水の発生源と思われる氷河湖AおよびBは、ブータン西部モチュ川流域にあり、それぞれが北緯28°4'7.7"東経89°34'50.0"、北緯28°6'54.1"東経89°36'7.7"に位置します。
氷河湖の位置と面積は「だいち」(ALOS) データを用いた「ブータン氷河湖台帳」(Ukita et al., 2011; Tadono et al., 2012)から得られました。氷河の輪郭はNagai et al. (2014) により作成されたものを使用しました。
PALSAR-2から照射されたマイクロ波が地表面で反射・散乱したのち、アンテナ方向に戻る強度 (後方散乱強度) は水面では非常に低いため、氷河湖は均一な暗い部分として見えます。これを利用して7月2日に観測されたPALSA-2画像から氷河湖A(図2a)およびB(図3a)の輪郭を目視で判別・抽出しました。洪水前の輪郭についても、過去のPALSAR-2(2015年4月23日)(図2b、3b)、ランドサット8の高分解能チャンネル(2015年3月8日)(図2c、3c)、ALOSパンシャープン画像(2010年12月22日)(図2d、3d)からそれぞれ抽出しました。
図2: 各時期における氷河湖Aの輪郭の相違
各時期における湖の面積を比較したところ、氷河湖Aについて、2015年3月8日から4月23日にかけては顕著な増加(+48.0%)が、4月23日から7月2日にかけては顕著な減少(−52.9%)が見られました。一方の氷河湖Bについては±20.0%を超える顕著な面積変化は確認されませんでした。
解析の結果、洪水の発生源は氷河湖Aである可能性が高いということがわかりました。この湖は氷河の末端付近に位置し、周囲をモレーンで囲まれています(図5)。さらに図2aと図2bでモレーンを比較すると、一部が異なる写り方をしていることが分かりました。これは洪水によってモレーンが崩壊した可能性を示唆します。この災害の全貌を明らかにし、洪水の発生過程を科学的に理解するためには、現地調査を含めた更なる検証が必要です。
これらの解析結果は観測翌日にブータン政府機関へ提供しました。JAXAはこのようなアクセスの難しい高山地域において発生した災害についても、関係機関と連携し迅速に衛星観測を実施します。得られた結果を関係機関に提供するとともに、随時本ウェブサイトでも公開していく予定です。
JAXAでは2008年から2012年までの間、科学技術振興機構(JST)と国際協力機構(JICA)による「地球規模課題対応国際科学技術協力事業」(SATREPS)において「ブータンヒマラヤにおける氷河湖決壊洪水に関する研究」(研究代表:名古屋大学)を実施してきました。今回使用した氷河湖台帳(氷河湖の輪郭と地理情報を含むデータセット)は本研究の成果の一つです。
Nagai, H., Ukita, J., Tadono, T., Narama, C., Yamanokuchi, T., Tomiyama, N., Sakai, A., & Fujita, K. (2015). Glacier lake inventory of Bhutan using ALOS data: Part II. Coupling analysis of changes in lake and glacier. International Symposium on Glaciology in High-Mountain Asia (71A1515).
Tadono, T., Kawamoto, S., Narama, C., Yamanokuchi, T., Ukita, J., Tomiyama, N., & Yabuki, H. (2012). Development and validation of new glacial lake inventory in the Bhutan Himalayas using ALOS ‘DAICHI’. Global Environmental Research, 16(1), 31-40.
Ukita, J., Narama, C., Tadono, T., Yamanokuchi, T., Tomiyama, N., Kawamoto, S., Abe, C., Uda, H., Yabuki, K., Fujita, K., and Nishimura, K. (2011). Glacial lake inventory of Bhutan using ALOS data: methods and preliminary results. Annals of Glaciology, 52(58), 65-71.