ALOS
構想とその背景
ALOSサイエンスおよび利用化研究推進プログラム(ver.2)
はじめに
ALOSから得られるさまざまなデータプロダクトは、さまざまな分野のサイエンスの発展に大きな貢献をすることが期待されている。また、自然資源管理や災害モニタリング、被害の軽減、地域開発計画の策定など、多くの実利用分野に対してもきわめて有効に利活用できると考えられる。
本サイエンス及び利用化研究推進プログラムは、比較的近い将来の実利用化をめざした「利用化研究」、サイエンスへの貢献を目的とした「科学研究」の二つの研究カテゴリーを対象に、ALOSデータから作成すべきデータプロダクトとそのためのアルゴリズムの開発について、研究開発目標を設定している。同時に、目標達成のための宇宙開発事業団の研究開発活動、研究開発支援活動に関する計画を定めている。1) 多様化する地球環境問題
これまで、地球環境問題に関する議論の多くは温室効果ガスによる地球温暖化のインパクトの予測・評価と防止に向けられてきた。一つの国から排出される温室効果ガスがたちまち拡散し、全球的な規模で影響を与えるという点において、気候変動はきわめてわかりやすい「地球」規模の環境問題である。
しかし、地球環境問題は、気候の変動だけでなく(場合によっては気候変動と関わりなく)、食糧問題に代表されるような資源問題としての側面も有している。突然、地球規模の飢餓が起こることはありそうにないが、主要穀物の生産不足や価格の高騰がまず脆弱な地域に大きなプレッシャーを与え、波及的に世界システムを不安定化する可能性がある。
たとえば、アフリカで頻発している内戦などにおいても土地資源の劣化や水資源の不足に伴う恒久的な貧困がその根底にあり、さらに戦乱による荒廃が輪をかけて、多量の難民などを発生させている。こうした土地・水に起因する資源問題は世界システムの不安定化などをを引き起こす可能性があることから、まさにグローバルに共通な重要課題であるといえよう。
しかし、食糧の生産基盤の強化や脆弱性の改善のためには、土地や水、植生などに関する「ローカル」な情報収集の積み重ねが必要である。また、生物多様性の維持に代表されるように、生態系の保全や遺伝子資源の保護も重要な地球レベルの課題と認識されはじめている。これにも同様にローカルな情報のグローバルな積み重ねが必要とされる。
すなわち「グローバルな問題を扱うためには、解像度の粗いデータで十分」というのではなく、地域スケールでも十分使える高精度なデータがグローバルスケールで必要なのである。そしてそれは技術的に十分可能になりつつある。2) Think globally and act locally---地域のニーズと調和した地球環境対策の実現
京都議定書に象徴されるように地球環境問題は、その影響の大きさの評価や発生メカニズムの解明だけが議論される段階から、対策の立案と合意形成、実現戦略が議論される段階へと移りつつある。
温室効果ガス排出の抑制に限っていえば炭素排出税や排出権取引、省エネ技術開発などに加え、炭素蓄積・固定のための森林保全等が有効な対応策として考えられている。森林保全・再生といった政策は、地域に密着し直接的な利害関係が生じると考えられることから、円滑かつ効果的に実施するためには、地域のニーズと調和させることが不可欠である。地域の住民などが大きな不利益を被るグローバルな政策は「持続可能」ではない。
結果として、グローバルな視点からの政策を実現するために当該地域のローカルなデータが必要となる。特に土地や水資源の保全や持続的な利用による食糧生産の安定化や災害リスクの軽減、あるいは生態系の保全による種の多様性の維持といった目標は、まさにそれぞれの地域で行われてきた地域計画・管理本来の政策課題そのものである。
このようにグローバルな視点からの要求と地域のニーズを調和させた、実現可能な政策立案のために、グローバルなカバレッジを持ち、ローカルなニーズも検討に反映することのできる詳細な地域データが必要となる。3) 地理情報システム(GIS)の普及
今日、多くの地域計画・開発の現場で地理情報システムの利用が本格化しつつある。地域計画や管理には、様々な情報をつきあわせた総合的な判断やシミュレーション(思考実験)による裏付け・評価が必要であり、数値地図を媒介として環境・資源、人間活動などに関する情報を統合することを可能にするGISは、不可欠なツールであるといえる。
しかし、現在、地域の計画や管理において特に慎重な検討を必要とする開発途上の多くの地域については、地形・植生といったきわめて基本的なデータですら、GISで管理すべきデータが存在しないか、あるいはあっても国防上の理由などにより公開されないことがきわめて多い。逆に言えば、受け皿となるGIS環境の整備が急速に進みつつあることを考えると、GISで利用できる新鮮な情報を円滑・効率的に流通させることができれば、その波及効果はきわめて大きいと期待される。特に、どんな利用にも不可欠な地形などの基礎情報(空間データインフラと呼ばれることが多い)の提供が望まれている。
こうしたGISの普及はさらに、一般の利用者がかなり強力なデータ処理能力を持ち始めていることも意味する。必要なソフトを添付し、最新の入力パラメータがネットワーク経由で簡単に入手できるようにするなど、利用者の処理しやすい形でデータを提供すれば、データ処理のある部分をを利用者に任せることも可能になると考えられる。また、高次処理を進めるためのソフトウェアも、広く配布することでデータの有効利用を進めることが可能になる。4) ALOSの構想

食糧生産問題や水資源問題、災害問題、生物多様性の問題などローカルでありながらグローバルな視点からの調整や支援が必要な課題の解決を促進するためにはどのような情報を整備することが必要であろうか?
こうした問題の基礎にあるのは、土壌、水循環、植生(森林から農地まで)の現状とその変化に関する情報である。土壌の質そのものに関する情報は衛星リモートセンシングからとらえることは容易ではないが、土壌浸食などによる土壌劣化の危険性は、多くは気候的要因、地形的要因により左右される。また水循環や植生についても、気候、地形的な要因が支配的である。災害についても同様のことがいえる。もちろん、これらに加えその地域を人間がどのように利用しているか、という土地利用的な情報が不可欠である。
気候データは衛星リモートセンシングの直接の観測対象ではないので除くと、以上のような情報のベースは、いわゆる地形図であろう。図・1は大陸別に地形図の整備状況を整理したものである。これによると、最も縮尺の大きな1:1000から1:31,600の領域ではアフリカやアジアなどの発展途上地域を多く抱える大陸で非常に整備率が低いことがわかる。実はこの領域の地形図、特に(わが国での言い方に従えば)1:25,000に対応する程度の地形図は、国から地域スケールの環境計画・資源管理計画、開発計画などに不可欠な情報源であり、ODAなどによる途上国援助などにおいても中心的な役割を果たしている。
これまでこうした縮尺の地形図、そしてそれに対応するGISデータは、プロジェクトのために必要最低限構築されるか、あるいは古い紙地図をそのまま利用する、衛星画像で代用する等の応急処置によりカバーされてきた。そこで、衛星から効率的に取得できるデータという観点から、ALOS(Advanced Land Observation Satellite) は以下のようなミッションを掲げた。(1) 全球スケールでの地形図(空間データ基盤)の作成・更新を行う。
特に地形標高を精度5m以下、グリッド間隔にして10m程度で面的に計測する(ほぼ1:25,000地形図に対応)ことを目標とする。地形標高は画像からの計測技術が比較的確立しており、また変化が少ないことから衛星による計測が有利である。さらに地形標高データに高分解能な光学センサ、合成開口レーダデータを重ね合わせることにより、植生や土壌に関する情報を一体として提供できる。標高データが完成した地域に関しては、地表面変化に焦点をあてた観測を行うことができる。なお、こうしたデータはグローバルスケールの空間データ基盤を構成する。
(2) 地域観測を通じて世界各地域の「持続可能な開発」を支援する。
上記のグローバルな空間データ基盤以外に、衛星画像から抽出されるさまざまな環境・資源情報を提供することにより、地域レベルでの環境・資源の保全・管理や持続的な開発・利用を支援する。
(3) 国内外の大規模災害の状況把握を行う。
干ばつや火山噴火、洪水などの突発的な災害は持続的、安定的な地域開発に対して、致命的な影響を与えることが少なくない。既に利用可能となっているさまざまな衛星や災害モニタリングシステムと一体となって、災害状況に関するデータの収集・提供を行う。
(4) 国内外の資源探査を行う。
土地・水資源などのモニタリングに加えて、鉱物資源などの探査に役立つ情報を提供し、地域開発を支援する。
(5) 将来の地球観測に必要な技術開発を行う。
ALOSは全球のデータを基本的に漏れなく収集することを目的とした高分解能衛星としてはほぼ唯一のものであり、センサー開発技術や取得データ処理技術にチャレンジングな研究・開発課題が多い。またこうした技術は次世代の地球観測技術に大きなインパクトを与えると考えられることから、技術開発プロジェクトとしての意義も大きい。
目標
上記のALOSミッションを達成するためには、地形図データなどのデータプロダクトを実利用者に提供するばかりでなく、ALOSデータを利用して、環境・資源分野から情報処理分野に至る幅広い分野のサイエンスや利用化研究を推進することが不可欠である。本プログラムは、特に関連の深いサイエンス分野及び利用化研究分野について、推進目標を設定し、実現のための行動計画を記述する。
推進目標のうち、特に重要と考えられ、構築のためにNASDAのリソースを集中的に投入すべきと考えられるデータプロダクト、及びそのためのアルゴリズムを戦略目標とよぶ。それは一般的な目標からALOSミッションとの関係、波及効果、投入リソースの制約などを考慮して選定される。一般的な目標が主としてRAを通じて推進されるのに対し、戦略的な目標はEORCなどを中心として計画的に達成する。一般的な目標
サイエンス及び利用化研究推進プログラム(以降推進プログラムと呼ぶ)を通じて、サイエンスや利用化研究のどの分野にどのような貢献をすべきか、そのために必要なデータプロダクト、アルゴリズムは何かを、主要分野ごとに以下に整理する。なお、分野の選定に関しては、IGBPにおけるコアプロジェクトの分類を参考にした。
1) 土地利用・被覆研究
土地利用や土地被覆の分布や変動を把握し、そのメカニズムの解明、変動モデルの構築に寄与する。そのためには以下のデータプロダクトの作成と作成アルゴリズムの開発が必要である。
(1) 高精度DEM(数値地形モデル):
地形条件は、土地利用の決定やその変化過程に大きな影響を与える。また、土壌浸食や流出変化などに代表されるように、土地利用や土地被覆の変化に起因する環境インパクトに関しても重要な因子となっている。2万5千分の1から10万分の1スケールに対応する数値地形データがあれば、上記のような研究に有効に利用できる。なお、対象地域の雲量などに応じて、PRISMやPALSARを使い分ける必要がある。そのために、ステレオマッチングやインターフェロメトリ計測アルゴリズムなどの開発が必要になる。
(2) オルソ画像(PRISM画像、AVNIR-2画像、PALSAR画像)とそれらを利用した土地利用・被覆分布データ:
都市、集落の拡大・変化、農地分布や農業形態の変化、森林伐採などの把握に利用できる。レーダー画像も耕作強度の変化(耕地面の粗度の変化)や農作物の作目の変化などの把握に利用できる可能性がある。また、ADEOS-2衛星データの併用手法に関する研究も推進する必要がある。
2) 地形学・地質学
浸食・斜面崩壊などによる地形変化・流路変化の計測、標高データを用いた地形分類や解析に寄与する。そのためには以下のデータプロダクトの作成と作成アルゴリズムの開発が必要である。
(1) DEM(数値地形モデル):
地形分類・解析、流路解析等に利用する。
(2) オルソ画像(特にPALSAR):
地形分類等に利用する。
(3) 土壌浸食や堆積などに起因する地形変化データ:
インタフェロメトリ計測により、時間的な地形標高の変化計測手法を開発する。黄河流域など土壌浸食や堆積による地形変化の著しい地域を対象にする。
3) 陸上(植物)生態系・農林業関連研究
炭素の循環などを中心とした植生のダイナミクスの解明や、それを利用した農作物モニタリングや草原の生産力推定、人為的な影響による植生量の変化研究などに寄与する。そのためには同時期に観測を行うADEOS-2データなども併用した以下のデータプロダクトの作成や作成アルゴリズムの開発が必要である。
(1) 森林分布のモニタリング:
PALSARやAVNIR-2を利用して全球スケールでの森林分布の計測手法を高精度化する。さらに大陸・全球スケールの森林分布データセットを構築する。
(2) バイオマス分布計測:
植生のダイナミクスを記述する最も重要な変数の一つであるバイオマスを対象に、森林を主な対象として、計測手法の開発を行う。その際、PALSARとAVNIR-2との同時観測等を試みる。
(3) 森林管理への応用:
上記のバイオマス計測技術の開発と平行して、森林伐採のモニタリングや生長量推定、植林状況のモニタリング技術の開発などを行う。さらに大陸・全球スケールのバイオマス分布データセットを構築する。
(4) 草地や農作物の成長量や収量モニタリング:
特定地域を対象として、PALSARに加え、AVNIR-2も併用した集中的な観測等を行い、草地の生産力推定や農地の作付け把握、収量推定手法を開発する。また、干ばつなどによる農作物の収量変化・草地の生産力変化のモニタリング手法なども開発する。
(5) バイオマスバーニングなどの人為的な影響による植生変化のモニタリング:
特定地域を対象としたPALSARにAVNIR-2も併用した集中的な観測により、バイオマスバーニングなどによるバイオマス量の変化、植生構成の変化などを計測・モニタリングする手法を開発する。
(6) 砂漠化モニタリング:
過耕作や過放牧、不適切な潅漑などによる土地生産性の低下や土壌劣化状況をモニタリングする。AVNIR-2などによる土壌表面への塩類集積などを直接モニタリングする他、植生の劣化などをPALSARやAVNIR-2などにより観測することで砂漠化の進行状況を間接的にモニタリングする手法などを開発する。
4) 気候システム・水文過程・水資源関連研究
4-1) 表面過程
植生状況の把握や土壌水分量の計測手法の開発や土壌水分データセットなどの構築をベースとして、地表面過程の解明に資する。
(1) 植生活動のモニタリング:
バイオマス量やLAIなどの蒸発散量推定に重要な変数の計測アルゴリズムやデータセットの開発を推進する。ADEOS-2など他の衛星データも合わせて利用する手法の開発も重要である。
(2) 土壌水分量分布の推定:
PALSARによる土壌水分量の測定アルゴリズムやデータセットの開発を推進する。ADEOS-2など他の衛星データも合わせて利用する手法の開発も重要である。
(3) 流出解析:
従来十分なデータがなく、流出解析が十分行えなかった地域などでALOSのデータプロダクトにより流出解析・研究を行うことを可能にすることで、さまざまな気候や土地条件下での流出現象の解明に資する。
(4) 高精度DEM:
従来の1kmDEM等に比べはるかに高精細なDEMを利用することで、精度の高い流出解析を可能にする。
(5)土地利用・被覆分布と変動量データセット:
土地利用・被覆変化による水収支、流出変化の解析に利用する。
4-2) 水質汚濁解析
より高精度な地形データや土地利用・被覆データセットを提供することにより、水質汚濁負荷の発生量の推定や、汚濁負荷の流下・流達分析の高度化に資する。
(1) 高精度DEM:
高精細なDEMを利用することで、精度の高い流出解析や土壌浸食などによる汚濁負荷発生量推定を可能にする。
(2) 土地利用・被覆分布と変動量データセット:
土地利用・被覆変化による汚濁負荷の発生量の解析に利用する。さらに、流出解析を合わせることにより、負荷の流達・流下状況の把握する。なお、効果的な研究の推進には、他の衛星データとの併用が必要になろう。
4-3) 雪氷関連解析
積雪、陸氷及び海氷について、高分解能なALOS搭載センサデータを使用して、以下の解析を高精度に行うことによって、気候及び水資源変動の把握等に貢献する。
(1) 積雪面積、積雪量の把握や変動量の計測:
PLASAR及びAVNIR-2の観測データを解析することによって、積雪面積、積雪量を高精度に推定し、その変動パターン (季節変化及び年変化)を把握する。
(2) 氷床及び氷河の変動量の計測と解析:
PALSARのインターフェロメトリック計測及びAVNIR-2の観測データを解析することによって、南極やグリーンランド氷床の質量収支や山岳氷河等の変動を把握する。
(3) 海氷モニタリング:
PALSARとAVNIR-2の観測データを解析することによって、極域や沿岸域の海氷面積の推定やその変動パターン(季節変化及び年変化)を把握する。また、PALSARのSCANSARデータを使用した、広範囲の海氷モニタリングの手法開発や、 PALSARの多偏波観測データ等を使用した海氷分類の高精度化を行う。
5) 海洋・沿岸域研究
5-1) 沿岸域研究
沿岸海域の海洋汚染、波浪、海上風、沿岸流、海氷や海浜変形・漂砂などに関連する情報を抽出することにより、海上交通業務、海洋汚染防止、漁業などの沿岸域で行われる経済活動を支援する。そのためには、以下のアルゴリズムの開発とプロダクトの作成が必要である。
(1) 沿岸域油汚染データセット:
PALSARの画像から油汚染海域を抽出する手法を開発する。油汚染海域を正しく抽出するためには、その周囲の海上風・波浪場の解析が不可欠であり、波浪・海上風データセット開発と並行して進める必要がある。
(2) 沿岸域における高精度DEM:
既存の水深データ等と組み合わせた沿岸域の高精度DEMと組み合わせることで、波浪変形や海浜変形解析、海水面上昇による影響解析などに資する。
(3) 沿岸域波浪・海上風データセット:
PALSAR観測データを用いて、沿岸域の海上風と波浪に関するデータセットを作成する。さらに、それらと数値モデルを合わせ用いて、沿岸域の流動状況を推定する手法を開発する。これらは海浜変形解析や漂砂解析などの境界条件を与える上でも有効である。
(4) 沿岸域海氷データセット:
PALSARとAVNIR-2により、沿岸域の海氷モニタリング手法とその情報を的確に配信する手法を開発する。沿岸域海氷データセットを作成し、様々な沿岸域の活動を支援する研究・開発に供する。
5-2) 海洋ダイナミクス
PALSARを活用し、あるいはADEOS-2衛星などの他の衛星データの併用手法などを開発することにより、沿岸海域及び外洋域の大気・海洋相互作用、波浪、海洋諸現象のダイナミクスに関する研究に貢献する。
(1) 沿岸地形・大気・海洋相互作用:
沿岸域地形の影響により海上風は変形し、沿岸海洋上に局所的な強風域や弱風域が生じる。そのような海上面の変形は沿岸波浪の発達や沿岸流の形成にとって、本質的に重要であるにもかかわらず、これまであまり研究されてこなかった。PALSARによる高空間分解能波浪・海上風データセットを構築することで、沿岸地形・大気・海洋相互作用の研究に貢献し、そのメカニズム解明が大きく進むと期待される。
(2) 波浪・海流相互作用と様々な海洋現象の検出:
PALSARのSCANSARモードによるデータを利用して、波浪と流れなどの相互作用に関する研究を進めることにより、SCANSAR画像内に可視化される大規模海流(黒潮など)、冷・暖水塊、沿岸流、内部波などを検出することが可能となり、海洋ダイナミクスの理解に貢献する。
6) 災害・地震研究
以下のような分野に関して、データセットの提供やそのための手法開発を通じて貢献する。
6-1) 地殻変動
地形分類・解析、流路解析等に利用する。
6-2) 火山噴火モニタリング
火山噴火活動に伴う山体の変形をPALSARによるインターフェロメトリック観測により、モニタリングする手法を開発する。
6-3) 斜面災害
急傾斜地を中心とした高精度DEMをPRISMやPALSARにより作成し、斜面崩壊の危険性などを評価する手法を開発する。その際、斜面及び斜面周辺の土地利用・被覆データセットを併用し、斜面表面の風化・浸食状況、水の浸透状況の推定や、崩壊時の被害推定に役立てる。
6-4) 洪水・氾濫解析とシミュレーション
従来データが十分でなかった地域において高精度DEMを利用することにより、短期流出(洪水)解析や氾濫解析手法の適用地域を大幅に広げることを可能にし、それを通じて解析手法の高度化や、現象解明に貢献する。その際、土地利用・被覆データも利用することにより、解析精度の向上を図るばかりでなく、被害想定や避難方策検討の高精度化も推進する。
6-5) 津波解析
従来データが十分でなかった地域において高精度DEMを利用することにより、津波の遡上解析などの適用地域を大幅に広げることを可能にし、それを通じて解析手法の高度化や、現象解明に貢献する。その際、土地利用・被覆データも利用することで、解析精度の向上を図るばかりでなく、被害想定や避難方策検討の高精度化も推進する。
6-6) 災害モニタリング技術の開発
干ばつ、洪水、大規模火災、斜面災害、地震災害などの災害状況(溢水面積・焼失面積の推定など)の把握や、被害発生の状況推定(たとえば、農作物生産量への影響)を迅速化、高精度化する手法を開発し、関連する災害研究の推進に資する。
7) 資源探査手法の研究
鉱物資源に関する探査技術の高度化を図る。PALSARなどの画像にDEM等も統合した解析手法などを検討する。
8) 空間データ基盤構築手法研究
8-1) データ基盤の構築手法の高度化
さまざまなサイエンス研究や実利用の基礎となる高精度DEMや地物データを効率的に作成するために、地形計測、地物などの自動認識・3次元計測技術の高度化を図る。3次元計測に関しては、PRISM画像を対象とした画像標定手法の開発、ステレオマッチング手法の開発が必要となる。PALSARに関しては、インタフェロメトリ計測アルゴリズムの開発が必要となる。道路・大規模構造物、都市域などの地物の自動判別・認識に関しては、PRISM、AVNIR-2、PALSARなど画像に、計測DEM等も統合した解析手法などを検討する。
8-2) 超大量画像の管理・検索手法の高度化
地図や位置座標に結びつけて超大量画像を蓄積・管理する技術や、地図や位置座標からの画像の効率的な検索手法、配信方法など、ALOSデータをテストケースとして利用することで、空間データ基盤を支える超大型画像アーカイビングシステムに関する研究を推進する。
9) マイクロ波の散乱・干渉特性に関する基礎的研究
地形補正手法の高度化やインターフェロメトリック観測の高精度化、ポラリメトリック観測の高度化と応用分野の開拓を目標として、以下に示すような基礎的な研究を進める。
9-1) ポラリメトリックデータのデコンポジション手法の研究
PALSARで取得するポラリメトリックデータについて、支配的な後方散乱特性を抽出するデコンポジション手法の研究を行い、観測対象物の散乱特性を考慮した分類等の分野に応用する。
9-2) ポラリメトリック・インターフェロメトリ解析手法の研究
リピートパスで取得されたポラリメトリックデータを使用し、インターフェロメトリック解析を行うことによって、寄与する媒体の散乱解析する研究を行う。応用分野としては、森林の高さ(樹高)の算出や分類精度の高精度化等である。
10) 高分解能光学センサによる高精度観測に関する基礎的研究
光学センサによる宇宙からの高精度観測を可能にするのと同時に、次期高分解能光学センサの開発に資することを目的として、特に以下のような項目に関する研究を行う。
- 衛星の位置・姿勢決定精度(姿勢及び姿勢変動率)が搭載光学センサーの正確なポインテング特性及び分解能特性に及ぼす影響を解析・評価し、その影響を低減する方式の研究を行う。
- 衛星打ち上げ時の衝撃、経年変化、や内部の温度変化等が光学系アラインメント(光学ベンチとその取り付け構造体を含む)歪み特性、光電変換特性、分解能特性などに与える影響の解析及び評価を行う。
- 不均質地表面観測データに対する大気の多重散乱(特に空間的・時間的に大きく変動するエアロゾル等)の影響を解析し、観測データから地表面アルベドを高速・高精度に推定するコードの研究開発を行う。
- センサー固有のMTF特性及び大気のMTF特性等により劣化した観測データを高精度に復元処理する方式の研究を行い、最適なMTF補正フィルタを開発する。
戦略的な目標
以上のような一般的な目標を効果的に達成するために、以下のような戦略的な研究プロダクトを構築・開発する。
1) データプロダクト
(1) 高精度DEMとオルソ画像(PRISM、AVNIR-2、PALSAR画像を対象):
多くの分野で基礎的なデータとして高精度なDEMとそれに付随した地表面情報が利用されることや、他の衛星が提供できないALOS独自のプロダクトであることから、戦略的なデータプロダクトとして位置づける。しかしながら作成には多量の計算リソースを必要とするため、精度や解像度などは対象地域によって変化させることも考える。その際、地域別に優先度をつけ、かつデータノード機関などとの連携を考慮するものの、最終的には全球カバーを目指す。
(2) バイオマス分布データ(主にPALSAR画像による。全球):
バイオマスは陸上生態系の炭素循環を考える上で最も重要な変数の一つであるのと同時に、森林管理などに際しても有益な情報を提供する。しかしながら、地上計測は困難であり、広い範囲をカバーするデータは存在しない。また、森林を中心としたバイオマスの計測に比較的有利であると言われるLバンドを搭載する衛星もALOS以外に存在しないことから、PALSAR画像にAVNIR-2画像や高精度DEMを組み合わせることで、バイオマス分布データを構築する。これは、JERS-1SARデータによる、グローバルフォレストマッピング(GFM)データセットとの時系列解析を可能にする点でも大きな意味がある。
(3) 地表面変位量データ(地震危険地域のみ):
地表面の微少な変動分布をPALSARによるインターフェロメトリ計測により抽出する。わが国を中心とする環太平洋地域は常に地震の脅威にさらされており、地殻変動モニタリングがきわめて重要である。地表面変位量データの作成には、定期的な衛星観測や継続的な地上観測が必要となることから特定の地震危険地域を中心に、観測を行う。
(4) 沿岸域環境データ
a) 波浪・海上風データ、油汚染海域データ:
沿岸域の波浪と海上風に関する情報をPALSARによって抽出する。より高度な海上風・波浪情報を抽出する手法を開発し、ALOS独自プロダクトの作成を目指す。また、波浪海域に暗く現れる油汚染域の検出は、周囲の波浪海域の解析と並行して行うことにより、より有効に行われるので、合わせて開発を進める。
b) 沿岸域海氷データ:
海氷の抽出は最も確実に行い得るし、その需要も高い。したがって、高速に高度海氷情報を抽出し、的確に配信する方法を開発することができれば、大きな社会的な貢献が期待できる。
2) アルゴリズム開発
(1) 地形自動計測およびオルソ画像作成手法の高精度化、高効率化
高精度DEM作成と、オルソ画像作成は大きな計算能力を必要とする。またプロダクトの品質がアルゴリズムの性能により大きく影響される。そこで、効率的、高精度な地形計測アルゴリズム(センサの位置・姿勢推定アルゴリズム、3重ステレオマッチングアルゴリズム、インタフェロメトリ計測アルゴリズム)を重点的に開発する。
(2) バイオマス計測手法の高精度化(DEMやAVNIR-2画像、その他の衛星画像の併用)
全球スケールでのバイオマス分布データをより高い精度で計測するために、データ処理アルゴリズムを開発する。
3) センサの校正・検証および関連する基礎研究
高精度DEMやバイオマス分布データなどの計測精度を向上させるためには、センサーの校正・検証が不可欠である。また、センサの校正・検証に不可欠な基礎的な研究は次世代の高性能センサを開発するためにも重要な研究である。そのため、校正・検証、及びセンサの精度向上を目的とした基礎的な研究を戦略目標として追求する。
特に、光学センサの校正・検証項目としては輝度特性、幾何特性、空間分解能特性、システムノイズ特性等の評価を高精度に行う。
また下記項目について研究し手法を確立する必要がある。
3-1) 光学センサの校正・検証
(1) 輝度校正の高精度化
光学センサーの輝度校正は、打ち上げ前の地上校正試験、及び飛行中のオンボード校正及び地上テストサイトを用いる代替校正を行い、輝度校正係数を精度良く推定する。打ち上げ後に地上テストサイトを用いて行われる代替校正方式の高精度化と安定化の研究は特に重要である。またこれに必要な高精度放射伝達コードの開発が望まれる。
(2) DEM等の高精度化
レジストレーションの評価と補正の自動化、ポインテイング精度の評価と補正、3重ステレオ画像の特徴を活かした高精度DEMの自動生成手法を開発する。
(3) 大気効果の補正
不均質地表面観測データに対する大気の多重散乱(特に空間的・時間的に大きく変動するエアロゾル等)の影響を解析し、観測データから地表面アルベドを高精度に推定する手法の研究開発を行う。
また、PALSARに関しては、ラジオメトリック精度向上を目的とした基礎研究を戦略目標として追及する。
3-1) PALSARシステムの校正・検証
また、PALSARに関しては、ラジオメトリック精度向上を目的とした基礎研究を戦略目標として追及する。
(1) 規格化後方散乱係数算出の高精度化
打上げ前の試験、軌道上での内部校正データ及び地上ターゲットを使用した外部校正実験のデータを使用して、PALSARの各観測モードにおける標準成果物ディジタルカウント値の値付けの研究を行う。主な校正項目は、軌道上アンテナパターンの推定及び絶対校正係数の算出である。
(2) インターフェロメトリックSARデータの高精度化
PALSARで取得されるリピートパスインターフェロメトリックデータに関して、標高算出または地表面変動を高精度に検出するために、位相差の算出精度を高める手法の研究を行う。
(3) ポラリメトリックSARデータの高精度化
ポラリメトリックモードは、PALSARにおいては実験的な運用モードとして位置付けられているが、将来型SARの動向として非常に重要なモードである。本運用モードで取得できるデータについて、位相補正、クロストーク推定及びゲインインバランスの推定を高精度に行う手法を研究し、データ解析の精度向上に役立てる。
実現の方法・体制・スケジュール
一般的な目標
サイエンス及び利用化研究推進プログラム(以降推進プログラムと呼ぶ)を通じて、サイエンスや利用化研究のどの分野にどのような貢献をすべきか、そのために必要なデータプロダクト、アルゴリズムは何かを、主要分野ごとに以下に整理する。なお、分野の選定に関しては、IGBPにおけるコアプロジェクトの分類を参考にした。
1) 一般的な目標
多様な分野において研究を推進する必要があり、研究のターゲットが必ずしも絞りきれないことから、RAをベースに推進する。その際、その評価と成果の吸い上げ(処理ソフトなどへの反映)を体系的・システマチックに行うことにより、ALOSデータ利用者への成果還元を迅速化する。
2) 戦略目標
EORCを中心とした研究者チームにより推進することを基本とする。EORCにおける研究者リソースが十分でない場合には、外部研究機関との共同研究や、委託研究により推進する。さらにRAで補完する。この場合、RAにより有望な成果が挙がった場合には、それを共同研究や委託研究の枠組みの中に取り入れ、一層強力に推進する。
3) 補完的な方策
ALOSのデータプロダクトなどに関してパンフレットやホームページにより一般的なPRを推進するだけではなく、具体的なデータの配布やデモプロジェクトによる啓蒙を行う。なお、標準テストデータなどは、PIだけでなく、一般に広く流通するように配慮する。これにより、いわゆる研究者コミュニティだけでなく、研究開発や企画的な業務に就いている実務者コミュニティの拡大を図る。
4) サイエンスプログラムの定期的な見直し
サイエンスプログラムの目標、達成度などを定期的にレビューし、必要に応じて改訂を行う。
実現方策・体制とスケジュール
1) RAによる方法
RAによる方法は、幅広い分野の研究者に研究機会を与えることができることから、多様な分野で成果が期待できること、萌芽的、独創的な研究成果を発掘できる可能性が高いことなどの利点がある。ただし、研究者一人あたりに配分できるリソースは画像データなどに限られるため、本格的・体系的な研究・開発を進めるためには、委託研究などの方策を併用することが必要になる。
RAは以下のように、2回実施する。
第1回:1999.8発出、選定/2000年3月までに契約、期間3年間(3年経過時中間評価実施)
第2回:2001.8年発出、選定/2002年3月までに契約、期間3年間
なお、RAの募集から研究成果のとりまとめに至る作業は以下のような過程からなるが、その際、NASDA外部の専門家からなるALOSデータ利用推進グループ(以降推進G略す)を設立し、下記に示す研究公募(RA)の作成からPIとの契約及び成果物の評価までの一連作業の中で(イ)、(ニ)、 (ホ) の作業を支援する。なお(ヘ)項ではALOSデータ利用研究評価委員会で評価・採点をお願いする。(ト)では(ヘ)項の評価採点結果からRA選定会議(NASDA及び中立な立場の有識者)により、最終選考を実施する。
- RAの作成(推進 G / EORC)
- RAの発出(EORC)
- プロポーザル収集(EORC)
- プロポーザル内容確認(推進 G / EORC)
- ALOSデータ利用研究評価委員会のメンバーの選考、評価採点要領作成(推進 G / EORC)
- PIの評価採点(ALOSデータ利用研究評価委員会)
- 最終選考(RA選定会議)
- PIとの契約(EORC)
- PIからの成果物の指導/評価採点(委員会)/最終選考レビュー
2) EORCを中心とした研究チームによる方法
戦略的な研究目標に対して、EORC内に研究チームを組織し、研究を実施する。必要に応じて外部の専門家を、非常勤招聘研究員などの形で招聘し、研究の方向付けなどに関する指導を受ける。
3) 外部研究機関との共同研究、あるいは研究委託による方法
戦略的な目標に関して、EORC内に研究チームを設けることが資源的な制約により困難と考えられる場合や、外部の研究機関が非常に優れた研究蓄積・能力があると認められる場合には、共同研究や委託研究により、研究を推進する。
4) 成果の迅速な公開・反映方法
データセットの成果の公開についてはEORCのホームページにALOS DATAを開設する。処理システム・ソフトウェアへの迅速な反映、改訂されたソフトの履歴管理を実施する。
開発されたアルゴリズムやソフトウェアに関しては、技術サポートなどをより容易に行えるように民間企業を通じて、販売を行い、利用者が自らより高次の成果物を作成できる環境を整備する。その際、最新の軌道パラメータなどをネットワーク経由でダウンロードできるようにするなどのサポート体制の充実を図る。
5) プロモーションの方策
(1) テストデータセット(画像データ、評価検証用データ)の広範な配布と、研究成果の相互比較(コンペ)の実施。
打ち上げ前には、正確な地形標高データなどの検証用データセットに加え、日本国内の特定地域のシミュレーションデータセットを作成し、それをRAやアルゴリズム評価用に利用する。打ち上げ後は、実データを追加するほか、地域の拡大を図る。
(2) シンポジウム・ワークショップの開催
ALOSデータの利用に関する国際的・学際的な研究者コミュニティの形成を促進するためにシンポジウムやワークショップを開催する。その際、いわゆる学術研究をおもな対象とするシンポジウム・ワークショップ以外に、実利用化をターゲットとした研究に特化したシンポジウムなども開催する。以下に、RAに関係するシンポジウム・ワークショップ開催の大まかなスケジュールを整理する。
- 第1回シンポジウム・ワークショップの開催(打ち上げ1年前程度):ALOSの宣伝と選定されたRAの研究方針・計画などの議論を行う。
- 第2回シンポジウム・ワークショップ(打ち上げ後1年程度):第1回RAの成果報告と、第2回RAの選定報告も兼ねる。
- 第3回シンポジウム・ワークショップの開催:第2回RAの成果報告を行う。 上記以外に、テーマを絞ったワークショップなどを開催する。
(3) デモプロジェクトの実施
NASDAの成果(PIの成果を含む)をまとめ、実利用機関やメーカの研究者にトレーニングを定期的に開催する。なお一般については仮称「データ利用推進センター」等でトレーニングを実施する。こうしたトレーニングプロジェクトと平行して、実利用を推進するためのモデルケースを開発するデモプロジェクトを必要に応じて、実施する。
(4) データセットの配布・流通
PI研究者向けには、EORCから無償で配布する。
ALOSデータの実利用を図る企業及び一般利用については仮称「データ利用推進センター」等で実費配布を行う。
(5) その他の一般的なPR・啓蒙
注目される成果を集め、テレビニュース、雑誌、新聞等に投稿するほか、Earth View等のパンフレットやCD-ROMの製作・配布などを行う。
その他
PALSARは通産省との共同開発で進めており、エネルギー資源分野を中心とした利用は通産省で推進される。
サイエンスプログラムは、3年に一度程度、RAの発出等の機会に見直すこととする。