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地球観測センターニュース1999.3 No.36


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運用棟の建設(結局新所長室へは半月ほどしか利用できませんでした)、ADEOS処理設備、同空中線設備の整備(衛星の観測範囲を拡大するためのEOC西側樹木の伐採)、EORCの六本木での業務開始とそれに伴うEOCでの画像解析グループのEORC移転等々です。解析グループのEORC移転でEOCも急に寂しくはなりましたが、ユーザのための解析作業が充実できるといった面で、新しい時代が来ると感じました。
 私は勤続年数も長いせいか、NASDA内でのいろいろな分野の経験はあったものの、地球観測分野に関係したのは始めてということで私の在任中何とか無事に過ごせたのも、当時のEOCに居られた皆様のお陰と感謝しております。
 さて、個人的な話で恐縮ですが、在任中地球観測シンポジューム等々外部の方々への講演をせざるを得ない状況でした。門前の小僧習わぬ経を読むの例え通り、見よう見まねで何回か講演を経験することにより、大衆の面前で、解らない話をもっともらしく話しができる度胸ができるようになりました。
 このお陰で次の赴任先である種子島宇宙センター所長時代も月平均1回程度の講演依頼も無事こなせることができました。引退した今でも時々講演依頼がありますが、度胸をつけさせてくれたEOC時代に感謝いたします。



地球観測センター開所20周年を迎えて

−初画像受信の好機会に恵まれる−

8代目所長 佐藤 英男

 地球観測センターには特に関わりが深く都合3回の勤務期間を経験しました。考えて見ると3回とも地球観測衛星からの初画像受信の好機会に恵まれたことです。
 初回は米国ランドサットによる初画像、2回目は日本のMOS-1の初画像、3回目はADEOSの初画像でした。いずれも忘れ難いのですが、何といっても開所直後に日本ではじめてランドサット電波受信で得られた関東地方の初画像は20年経た今でも脳裏に鮮明に残っています。
 しかしこの初画像を得るまでには関係者の並々ならぬ努力がありました。数ある難問のなかでランドサット電波干渉問題もその一つ。これはランドサット衛星電波が日本国内のマイクロ波公衆通信回線に干渉妨害を与えるおそれありとして、この解決なしには同衛星からの電波発射は許されない状況でした。この問題は行政機関(郵政省(現総務省))からの指摘による懸案事項とされ、事業団社内に緊急対策チームを編成して問題解決にあたりました。
 当時の電電公社が運営するマイクロ波公衆無線通信回線は日本全域にわたっていて、そのなかで最も影響が大きいとされたのは、九州の鹿児島から奄美大島を経由して沖縄方面に延びる見通し外散乱波通信(OH)方式のマイクロ波回線でした。OHとはOver Horizonの略で海の水平線にかくれて見えない相手局と空中散乱波を利用して通信する方式で、アンテナはちょうど野球のバックネットのような形で受信感度は極めて高い。周波数は2GHz帯。干渉解析の結果、沖縄の宮古島局の送信周波数を変更する必要ありとの行政側の指導で、電電公社が行う変更工事の経費は当事業団が負担することとなり、事態は急速に打開へ向かって行きました。
 昭和54年(1979年)の年が明けて米国NASAにランドサットの試験電波を発射して貰い1月中旬には関東地方が1シーンに収まった初画像を得ることができたのでした。



地球観測センター開所20周年を迎えて

9代目所長 須田 幸暉

 近年、地球環境問題が大きくクローズアップされ、これらの問題解決に役立つ有効な手段として宇


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