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地球観測センターニュース1999.3 No.36


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地球観測センターの開所20周年を迎えて

初代所長 津田 明

 今から10年前の開所10年目に当たる1988年に発行された地球観測センターニュース10周年記念号に投稿の依頼を受け、「地球観測センターが生まれるまで」の表題の下に、センター候補地として決定するまでの経緯や地元折衝の苦労話を述べさせて頂いたことを想い出すにつけ、年月の経つことの速さに驚かされています。
 さて、今回はセンターが発足するまでの地球観測に対するNASDA組織の移り替りや開所後のことについて触れさせて頂きたいと存じます。
 私が地球観測の業務に係わりましたのは1974年のことで当時NASDAには専属の組織は無く、総合システム解析室というところでわが国の地球観測について、とりわけ地上システムの調査研究を進めてきたのですが、1976年に同室が消滅したのに伴い、地上設備設計Gに業務が移管され、ランドサット衛星用地上受信処理設備の設計を行うことになりました。しかし翌1977年には独立した組織を設置する必要があるとの科学技術庁からの強い要請に基づき、新しく地球観測システム推進室が急遽誕生することになりました。同室においてはセンター設立準備を含む地球観測に関する計画の企画立案推進を行うこととされ、NASDAにおける基盤が始めて確立されることになったのです。その後、1978年2月には地元の同意(地元折衝は77年5月より78年2月までの10ヶ月間に及んだ)を得ることが出来、施設着工の鍬入式を経て、突貫工事ではありましたが、10月1日に地球観測センターが無事発足する運びになりました。
 センター発足当時は管理課と運用課の2課で所長以下15名の職員数で、机・椅子・通勤用バス等の調達から始まり、産業医の委嘱折衝や役務契約、業務に必要なテープ・フィルム等物品の購入等すべてが零からの出発であったと記憶しています。そして1979年1月中に運用開始と云う目標に向かって、アンテナや処理・出力等地上設備の据付調整等に全力を傾注した結果、計画通りランドサット衛星からの初電波を受信し、データを処理し、画像化することにより、1月下旬に試験運用を開始することが出来ました。このようにして衛星から写し出された日本の姿はマスコミに大きく取り上げられ、NHK・TBS・テレビ朝日・テレビ埼玉各社の生中継を始めとして録画(音)による放映(送)が延べ40回に及んだことは多くの人々に強い反響を呼び、地球観測の意義を国民身近なものとし、理解の促進に大きく貢献し得たと思います。
 センター開所から20年、この間、年とともに着実に施設設備の整備を重ねられ、今や名実共に誇るべき地球観測センターの機能を具備されてきていることを見聞きするにつけ心からお喜び致しますとともに、今後のさらなるご発展を祈念申し上げます。
 20周年記念誠におめでとうございます。


地球観測センター全景
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この写真は、国連宇宙空間平和利用委員会発行の“PERSPECTIVE:Viewing Earth Outer Space”に掲載されたものです。

地球観測センターの紹介

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