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地球が見える 2010年

南米大陸南端、マゼラン海峡

南米大陸南端の衛星画像
南米大陸南端の衛星画像
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図1 南米大陸南端の衛星画像

 図1は、ALOS(だいち)が2008年12月および2009年1月に撮影したレーダ画像をつなぎ合わせたものです。南米大陸南端、パタゴニア地方の南側にはフエゴ島という大きな島(面積は約48,000 km2)があります。マゼラン海峡は、南米大陸とフエゴ島を隔てる海峡で、大西洋と太平洋を結んでいます。
南米大陸南部は2人の有名な男達によって探検されています。西回り航路を開拓するためにスペインを旅立ったマゼランと、「種の起源」のダーウィンです。マゼランは、1520年10月にこの南米南端の海峡を発見しました。以来大型船がこの海峡を往き来することになりました。ダーウィンは、イギリス海軍の測量船ビーグル号に博物学者(博物学:自然に存在するものについて研究する学問)として乗船しました。ビーグル号は5年に及ぶ航海のおよそ3分の2をフエゴ島とその一帯で費やしました。ダーウィンはこの間に、博物学観察を行いました。
図1の中央、マゼラン海峡を入ったところに、パタゴニア南部最大の都市プンタ・アレーナスがあります。1914年にパナマ運河が開通するまで、マゼラン海峡が大西洋と太平洋との主な経路でしたが、速い潮流と暗礁からアフリカ南端の喜望峰を通る東回り航路を取る船もありました。
図1右下にはフエゴ島とナバリノ島、オステ島を隔てる全長約240 kmの海峡があります。ビーグル号の経路であることから、ビーグル水道と名付けられました。

プンタ・アレーナス付近のマゼラン海峡
プンタ・アレーナス付近のマゼラン海峡
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図2 プンタ・アレーナス付近のマゼラン海峡
(Google Earthで見るプンタ・アレーナス(kmz形式、3.75 MB低解像度版))

 図2はALOS(だいち)が2009年4月に撮影したプンタ・アレーナス付近のマゼラン海峡です。画像右側にはフエゴ島の一部が見えています。画像左側の沿岸沿いにある町プンタ・アレーナスは海峡の発見とともに栄えましたが、1914年にパナマ運河が開通すると元の静かな町に戻りました。町の中央、アルマス広場の中心にはマゼラン像が建っています。また、マゼラン地域博物館は往時の栄華を偲ばせます。画像から陸地のほとんどが森と草原であることが見て取れます。町の周辺の草原では羊が育てられ、世界的に有名なウールの産地になっています。

ウシュアイア付近のビーグル水道
ウシュアイア付近のビーグル水道
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図3 ウシュアイア付近のビーグル水道
(Google Earthで見るウシュアイア(kmz形式、3.22 MB低解像度版))

 図3はALOS(だいち)が2008年1月に撮影したフエゴ島の中心、ウシュアイア付近の画像です。画像で白く見えているのは雪や氷河(一部は雲)です。ウシュアイアは南極に一番近い、世界最南端の町として知られています。ここにある世界の果て博物館では、かつてフエゴ島にいた4部族の生活、文化に関する展示や多くの鳥類の剥製などが目を引きます。

フェルディナンド・マゼラン

 フェルディナンド・マゼラン(1480-1521)は、ポルトガル人ですがスペイン王の支援を受けて、1519年9月、西回り航路の探検に出かけました。約1年後の1520年10月にマゼラン海峡を発見しています。11月に海峡を抜けると大海に入りました。静かの海であることからマゼランは、この大海を太平洋と名付けました。
その後フィリピンに到着、一緒に連れてきたマレー人の奴隷が現地民と会話できたことから世界を一周できたことが分かりました。マゼランは、現地民との戦闘で死亡してしまいますが、残された乗組員が、スペインに帰還しました。5隻の船に265名の乗組員を乗せてスペインを出発してから3年、無事にたどり着いたのは、1隻の船と18名の乗組員でした。

チャールズ・ダーウィン

 チャールズ・ダーウィン(1809-1882)は、1831年12月測量船ビーグル号に乗船し、イギリスを出港しました。ビーグル号は、南米東岸を南下し測量を行いましたが、ダーウィンはその間上陸して内陸への調査旅行を行っています。取得した数々の標本はイギリスに送られています。マゼランの発見から約300年後、1832年12月にダーウィンが乗ったビーグル号は、フエゴ島に立ち寄りました。以前ビーグル号が連れ帰り、宣教師となった島民を返すためです。ダーウィンは、1834年6月にマゼラン海峡を通過し、その後ガラパゴス諸島等に寄りながら、5年近くの航海の後にイギリスに戻りました。この時には、博物学者としてすでに評判が高まっていたそうです。



観測画像について

観測衛星: 陸域観測技術衛星「だいち」(ALOS)
観測センサ: フェーズドアレイ方式Lバンド合成開口レーダ(PALSAR)(図1)
高性能可視近赤外放射計2 型(AVNIR-2)(図2、3)
観測日時: 2008年12月10日14時17分頃(世界標準時)(図1)
2008年12月29日14時02分頃(世界標準時)(図1)
2009年1月23日14時16分頃(世界標準時)(図1)
2009年4月20日14時29分頃(世界標準時)(図2)
2008年1月23日14時15分頃(世界標準時)(図3)
地上分解能: 100 m(PALSAR広域観測モード)および10 m(AVNIR-2)
地図投影法: UTM(ユニバーサル横メルカトール)

 図1は、PALSAR画像を白黒表示しています。概して、明るさがなめらかな部分は水域、細かく濃淡が変化する部分は陸域です。

AVNIR-2 は、4つのバンドで地上を観測します。図2、3は、いずれも可視域のバンド3(610 〜 690ナノメートル)、バンド2(520〜600 ナノメートル)とバンド1(420〜500ナノメートル)を赤、緑、青に割り当てカラー合成しました。この組合せでは、肉眼で見たのと同じ色合いとなり、次のように見えています。

青、青緑: 水域
灰色: 市街地
茶色:
薄茶色、緑: 草地
白: 雪、雲
本文ここまで。
画像:ロケットの情報を掲載 ロケットナビゲーター
画像:人工衛星の情報を掲載 サテライトナビゲーター
画像:衛星利用の情報を発信 衛星利用推進サイト
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