雨を見る:コラム

台風第7号に対する平年よりかなり高い日本海の海面水温の影響

 毎年、夏から秋にかけて日本の南の海上で台風が発生し、日本に接近・上陸しています。近年、地球温暖化の進行とともに、台風に伴う強風と降水が激甚化することが予測されていますが、地球温暖化に伴う海面水温の上昇は、この激甚化に寄与しているものと考えられます。台風は海からエネルギーを受け取り発達するため、海面水温が高いほど強い台風に発達する傾向があります。さらに、日本近海の海面水温は世界平均の上昇率以上に上昇していることがわかっています(気象庁、海面水温の長期変化傾向(日本近海))。気象庁の発表では、2023年8月の日本近海の海面水温は平年に比べてかなり高く、日本海北部、南部で過去最高の海面水温でした。また、秋には(9-11月)、日本近海の海面水温は過去最高を記録しています。

 2023年は、日本へ接近する台風が平年より少なく、上陸した台風も台風第7号の1個のみでした(気象庁、令和5年(2023年)台風について)。しかし、台風7号は8月半ばに紀伊半島や明石市付近に上陸した後、近畿地方や中国地方を中心に記録的な降水をもたらしました。図1は衛星全球降水マップ(GSMaP)による2023年8月8日9時(日本時間)から8月14日14時(日本時間)までの地表での降水量の時間変化の動画です。GSMaPはGPM主衛星データと水循環観測衛星しずくに搭載されたAMSR2をはじめとした複数のコンステレーション衛星群(GPM計画に参加する各国・機関の人工衛星群)データから全球の降水分布を算出しています。これを見ると、台風7号の影響により、近畿地方を中心とする広い範囲で強い雨が降っていることがわかります。また、鳥取県では線状降水帯を伴う豪雨となり大雨特別警報が発表されました。台風の被害を受けられた方々に対し、謹んでお見舞い申し上げます。

図1. 衛星全球降水マップGSMaPによる8月8日9時(日本時間)から8月14日14時(日本時間)の降水量の時間変化。 左図は最初の時刻からの積算雨量、右図は1時間ごとの降水量を示す。

 JAXAでは、こうした現象をより深く理解するために、衛星をはじめとする地球観測データと数値シミュレーションを融合し、両者の優れた点を最大限に引き出す研究開発を外部機関との連携で進めています。本稿では、この試みで生まれた二つのデータセット「NICAM-LETKF JAXA Research Analysis (NEXRA)」(東京大学・理化学研究所との共同開発)や「JAXA-RIKEN海洋解析(LORA)」(理化学研究所との共同開発)等を使用し、日本海の高い海面水温が2023年の台風7号に与えた影響についての解析結果をご紹介します。

台風第7号の経路と強度、NEXRAの日々の予測結果

 台風第7号は、2023年8月8日に南鳥島近海の日本の南洋上(北緯23.9˚、東経149.4˚)で発生し、国際名LANと名付けられました。図2の黒線は、気象庁が発表した台風第7号の経路を示しています。発生後、勢力を強めながら西進し、10日には非常に強い台風になりました。その後ゆっくりと北上を続け、15日5時前(日本時間)に和歌山県潮岬付近に上陸し、15日13時頃(日本時間)、兵庫県明石市付近に再上陸しました。15日中に日本海に抜けた後も台風としての構造は維持し、17日に北海道の西で温帯低気圧に変わりました。

台風第7号の実際の経路(黒)と中心気圧(色)。色付きの線は6時間毎に実行している14kmメッシュNEXRAの5日間決定論的予測シミュレーションの台風の経路<

図2. 台風第7号の実際の経路(黒)と中心気圧(色)。色付きの線は6時間毎に実行している14kmメッシュNEXRAの5日間決定論的予測シミュレーションの台風の経路

 NEXRAでは、数値シミュレーションとGSMaPなどの衛星観測データを用いて作成された初期値の中で最も精度の良い初期値から、水平14kmメッシュのNICAM(数値気象予測モデル)を用いた5日先までの予測シミュレーション(決定論的予測)を6時間毎に行っています。NEXRAで予測された台風経路を、図2の台風経路(黒線)にカラーの線で重ねて示します。8月10日頃のより早い予測開始時刻のシミュレーション(青線や緑線)では実際の場合とは異なり関東に向かうように台風の進路を予測している一方で、8月13日頃のより遅い予測開始時刻のシミュレーション(赤線)では実際の台風経路をよく再現しています。早い予測開始時刻のシミュレーションではNEXRAで予測している太平洋高気圧の張り出しが実際よりも弱く、台風の進路が北寄りになっていたと考えられます。台風の進路に関する研究は過去のNEXRAレポートNEXRAを用いた研究論文(Nakano et al., 2023)をご参照ください。

様々な海面水温プロダクトで見た日本近海の海面水温

 JAXAでは、海洋環境を監視するために、水循環変動観測衛星「しずく」(GCOM-W)やひまわり衛星などの衛星海面水温データを提供しています。しかし、これらの衛星観測は海面に限られるとともに、雲域や強雨域でのデータが得られませんでした。そこで、これらの衛星・現場観測データを3次元数値モデルのシミュレーションと融合できるデータ同化手法を実装したシステムを構築し、高精度の3次元解析プロダクトJAXA-RIKEN海洋解析(LORA)やJAXA/JAMSTEC 海中天気予報(JCOPE-T DA)の作成・提供を始めています。

 図3(左上)は、日本南方に台風が位置する8月13日のNOAA(National Oceanic and Atmospheric Administration) OISST(Optimum Interpolation Sea Surface Temperature)の海面水温および平年からのずれを示しています。OISSTデータセットによると、日本海や東北沖で海面水温が平年に比べて最大5度ほど高く、海洋熱波が発生している状態と言えます。しかし、用いている観測データ、衛星搭載センサー、海面水温の推定手法、内挿手法の違いなど様々な要因に起因し、各プロダクト間の海面水温には不確実性があります。実際、OISSTと各プロダクト間には最大2度程度の差があります(図3上段中央、下段)。

 JAXA-RIKEN海洋解析(以下、LORAという)はデータセット自体の不確実性を見積もることができるアンサンブルデータ同化手法を用いているという特徴があります。ここで、「アンサンブル」とはわずかな違いを持つがそれぞれが独立したデータの集合体を意味します。LORAは128メンバーのアンサンブルを有しており、そのばらつきの大きさによってデータセットの不確実性を推定できます(図3右上)。例えば、北海道南東沖など不確実性が大きい領域では、LORAデータセットのメンバー間で海面水温に1度ほど差があることがわかります。平年より5度ほど高温であった日本海において、LORAデータセットの不確実性は1度以下であり、日本海に平年よりも高い海面水温が分布していたことは確からしいと結論づけられます。

 図3.2023年8月13日の(左上)OISSTの海面水温(等値線)および平年差(色)。(右上) LORAの海面水温のアンサンブルスプレッド。(中央上)LORA、(左下) JCOPE-T DA、(中央下) Himawari、(右下)GCOM-WとOISSTの海面水温の差。いずれも単位は度。

図3. 2023年8月13日の(左上)OISSTの海面水温(等値線)および平年差(色)。(右上) LORAの海面水温のアンサンブルスプレッド。(中央上)LORA、(左下) JCOPE-T DA、(中央下) Himawari、(右下)GCOM-WとOISSTの海面水温の差。いずれも単位は度。

NEXRAアンサンブル予測シミュレーションで検討した日本海の海面水温の影響

 NEXRAは、大気シミュレーションと衛星・地上観測をデータ同化手法によって融合した高精度の大気データセットです。前述した予測シミュレーションはこのデータセットを初期値として用いています。NEXRAもLORAと同じくアンサンブルデータ同化という手法を用いており、6時間ごとに128個のアンサンブルデータを出力しています。今回はそのメンバーの一部(10メンバー)を用いて、日本海の高水温が台風に与える影響を調べる感度実験を行いました。具体的には、図4に示すように日本海の高水温を表現しているOISSTデータセットを全海域に用いたControl実験(以下、CTL実験)と日本海の海面水温のみを平年値に差し替えたModified実験(以下、MOD実験)を実施し、それらの予測シミュレーションの結果を比較しました。ここでは、予測の初期時刻は日本南方に台風が位置する2023年8月13日の日本時間9時としました。

 図4. 実験に用いたSST(度)、左CTL、右MOD

図4. 実験に用いたSST(度)、左CTL、右MOD

 まず、アンサンブル予測の台風の経路を図5に示します。CTL実験とMOD実験で経路に大きな差はなかったため、ここではCTL実験の結果のみを示しています。実際の経路に近い関西地方に上陸するメンバーと愛知県付近に上陸するメンバーに二分され、この時刻からでは台風がどの地域に上陸するかを予測するのが難しい事例であったと言えます。

図5. 台風第7号の実際の経路(黒線)と中心気圧(色)。色付きの線は2023年8月13日を初期値として実施したアンサンブル予測の台風の経路(予測期間:5日間、アンサンブルメンバー:10)。

図5. 台風第7号の実際の経路(黒線)と中心気圧(色)。色付きの線は2023年8月13日を初期値として実施したアンサンブル予測の台風の経路(予測期間:5日間、アンサンブルメンバー:10)。

 実際の経路(黒線)に近かった6メンバーを抽出して、CTL実験とMOD実験の降水量の差を図6に示します。特に日本海側で、CTL実験の降水量がMOD実験より多くなっています。これは日本海の高水温が日本海側の降水量の増加に寄与していたことを示唆しています。

 図7に、各メンバーで再現された台風の中心気圧の時系列を示します。予測に用いる初期値を作成しているNEXRAの水平解像度は112 kmと比較的粗いため、予測初期において台風の細かな構造を十分に再現することができず、実際より弱く台風が表現されてしまいます。しかし、予測開始から1日程度で、予測シミュレーションを行なっているより高い水平解像度14 kmのNICAMになじみ、実際の台風とほぼ同等かそれ以上の強さにまで発達します。メンバー間のばらつきは大きいですが、予測開始から3日後の台風が日本海に位置するときに、MOD実験よりCTL実験の中心気圧が低く、強い台風が再現されています。

  CTL実験とMOD実験の日本海側の降水量の差がどのように生じたのかを調べるために、水蒸気輸送量の指標である水蒸気フラックスを図8に示します。台風の反時計回りの流れに沿って日本海側では南向きに太平洋側では北向きに水蒸気が輸送されています(図8左、中央)。MOD実験よりCTL実験において、日本海からの南向きの水蒸気輸送が多いため、降水量が増加したと考えられます。この南向きの大きな水蒸気輸送は、日本海の高い海面水温によって生じていたことが、感度実験から明らかになりました。今回は10メンバーという少ないメンバーでの予測シミュレーションを行いましたが、今後はNEXRAが持つ128メンバーを活かしたより多くのメンバーでの予測を行い、統計的に有意な結果や不確実性を正確に見積もった結果を示していく予定です。

図6. 2023年8月14から15日の48時間積算降水量[mm]。左がCTL実験、中央がMOD実験の6メンバーの平均値。右の図はCTLとMODの差。

図6. 2023年8月14から15日の48時間積算降水量[mm]。左がCTL実験、中央がMOD実験の6メンバーの平均値。右の図はCTLとMODの差。

図7. 台風第7号の中心気圧の時系列(UTC)。黒線は実際の台風の中心気圧(気象庁事後解析による確定値)、青太線がアンサンブル予測の平均値を示し、色付きの細線は各アンサンブルメンバーが予測した台風の中心気圧を示す。実線がCTL実験、一点鎖線がMOD実験の予測結果。

図7. 台風第7号の中心気圧の時系列(UTC)。黒線は実際の台風の中心気圧(気象庁事後解析による確定値)、青太線がアンサンブル予測の平均値を示し、色付きの細線は各アンサンブルメンバーが予測した台風の中心気圧を示す。実線がCTL実験、一点鎖線がMOD実験の予測結果。

図8. (左)CTL実験、(中央)MOD実験の8月14-15日で平均した鉛直積算水蒸気フラックス量(色)と向き(矢印)。(右)CTL実験とMOD実験の水蒸気フラックスの差分。青色がCTL実験でより水蒸気フラックスが多いことを示す。

図8. (左)CTL実験、(中央)MOD実験の8月14-15日で平均した鉛直積算水蒸気フラックス量(色)と向き(矢印)。(右)CTL実験とMOD実験の水蒸気フラックスの差分。青色がCTL実験でより水蒸気フラックスが多いことを示す。

おわりに

 本レポートでは、2023年8月に平年よりも約5度高かった日本海の海面水温が日本を縦断した台風7号およびそれに伴う降水量に与えた影響について、数値シミュレーションを用いて検討しました。アンサンブル大気データ同化システムNEXRAを用いて日本海の海面水温を変更した感度実験を行い、日本海の高い海面水温が台風強度や水蒸気輸送に影響を与えることで、日本海側に多くの降水量をもたらしたことが明らかになりました。 NEXRAは、水平空間解像度の向上やEarthCAREなど今後打ち上げられる衛星から得られる新たな観測値の同化といった高度化を実施していく予定です。高度化を通じて、大気の状態を精緻に推定することが可能になります。こうした研究開発を通じて、台風などの気象現象の理解や予測精度の向上に貢献できるよう引き続き研究に取り組んでいきます。

 また、本レポートで紹介したように、大気や海洋のプロダクトには不確実性があります。NEXRAとアンサンブル海洋解析プロダクトであるLORAを組み合わせることで、大気および海洋の両方の不確実性の推定を同時に行うことが可能となるでしょう。NEXRAやLORAをはじめとする衛星観測と数値シミュレーションを組み合わせた研究開発のこれからの発展にご期待ください。

 なお、本レポートは、東京大学大気海洋研究所 松岸修平 特任研究員、佐藤正樹 教授、理化学研究所 大石俊 研究員 地球観測研究センター(EORC)のメンバーによって共同で作成しました。

<関連ウェブサイト>

  • NICAM-LETKF JAXA Research Analysis (NEXRA)
    JAXA・理研・東京大学が共同で開発している気象情報システム。2021年度にJAXAスパコンの換装に伴い、NEXRAが提供する気象情報が高解像度化され、より高分解能な気象情報を提供できるようになった。
  • JAXA-RIKEN海洋解析(LORA)
    JAXA・理研が共同で開発している、アンサンブル海洋解析プロダクト。2023年3月にデータを公開開始。

<関連記事>

<関連論文>

  • Nakano, M., Y.-W. Chen, and M. Satoh, 2023: Analysis of the factors that led to uncertainty of track forecast of Typhoon Krosa (2019) by 101-member ensemble forecast experiments using NICAM. J. Meteor. Soc. Japan, 101, 191–207, doi:10.2151/jmsj.2023-013.