EarthCAREミッションの背景と科学的意義
雲が放射収支に与える影響
では、地球の気候システムにおける放射収支に対して雲はどのような振るまいをするのでしょうか?
雲は太陽からの放射を遮って地球を冷やしたり、地表面から熱が逃げるのを抑制して地球を温めたりする働きがあります。また、雲は地球からの熱放射を吸収し、そのエネルギーを再放射する性質があることも知られています。このように、雲は地球大気への熱の放射・伝達に大きな役割を果たしているのです。右上の図は、太陽放射と地球放射(熱放射)に対する雲のはたらきを模式的にあらわしたものです。
このような雲の放射に対するはたらきは、雲そのものの形や大きさ、厚さのほか、雲に含まれる水分量や雲粒の大きさといった雲の物理的特性や、雲の現れる高さや上下の重なり方のような鉛直分布の状態などによっても大きく変化します。たとえば、対流圏の中でも低い所にできる層積雲は地球を冷やす効果が大きいのに対して、高いところにできる巻雲は地球を温める効果が大きいと考えられています。雲が多重に重なっている場合は、その効果はさらに複雑になります。
エアロゾルは大気中に浮遊する微細な粒子で、その直径は雲粒よりもさらに小さいものです。エアロゾル自体も太陽光を反射したり吸収したりする性質があるほか、エアロゾルが存在することで雲の性質や生成過程が大きく変化することも知られています。雲とエアロゾルと相互的な作用を含めた放射強制力の定量的な理解はとくに進んでいないのが現状です。
太陽放射および地球放射に対する雲のはたらき
雲は、太陽放射(黄矢印)を宇宙へ反射して地表への到達エネルギーを減らす性質と、地表から宇宙への熱放射(赤矢印)を吸収してエネルギーを大気にたくわえたり再放射する性質とを持ち合わせている。
巻雲と層積雲
巻雲(左)は高いところにできる上層雲であるのに対して、層積雲(右)は低い所にできる下層雲である。上層雲と下層雲では、放射収支に対するふるまいが異なる。
もっと知る: 雲とエアロゾルのさまざまな効果
気候変動予測精度向上の鍵 − 衛星を使って全球規模で雲の3次元データを取得
しかし、このような雲が地球規模でみたときにどのような垂直構造をもって分布しているのかということはこれまで詳しく観測されていませんでした。気象衛星による観測など、雲を観測する衛星はこれまでにも多く活躍してきましたが、それらはおもに雲の水平分布を観測しており、輝度温度から雲頂高度を推定することは従来からおこなわれているものの、雲の内部構造の把握まで含めた垂直方向の観測をおこなっているわけではなかったためです。
右図は、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告書を作成する時に使用されたもので、気候モデルごとにシミュレートされた将来の雲の増減予測を緯度高度別に比較した例です。将来の地球の雲の再現には、現状ではモデル間で大きなばらつきが見られることがわかります。これは、地球規模での観測が不足していることで、現状では雲のモデル化が不十分であることを示しています。すなわち、気候変動の予測精度を高めるためには、シミュレーションによる雲のモデル化を高精度におこなう必要があるのです。
気候モデルごとの緯度高度別雲増減予測
(出典:IPCC-AR4/WG1 suppl-material 図10.10a)
4つの気候モデルを例に、21世紀末における雲の増減の予測結果(緯度高度別)を示したもので、青色は増加、赤色は減少を示す。地球規模での雲の観測データが不足していることで、雲の再現にはモデルによる差が大きいのが現状であり、このことは気候変動予測の誤差にもつながっている。
地球大気への放射バランスを見積もるときの重要なデータとなる雲の高さ、厚さ、雲を構成している雲粒の大きさ、光学的な特性などを全地球的に収集し、その実態明らかにしていくことが、気候変動を予測しているシミュレーションモデルの予測精度向上につながると期待されています。
EarthCAREは、これまで観測データが少なかった雲の鉛直分布に関するデータを地球規模で、そして高精度に取得し、将来の気候変動予測の精度向上に大きく貢献する国際共同ミッションです。