気象庁では衛星搭載降水レーダデータを、現業予報の同化に利用。
衛星搭載の降水レーダデータを現業機関で同化に利用するのは世界で初めてのこと。
平成27年9月関東・東北豪雨の気象庁メソ数値予報モデル(MSM)の33時間予測値で、 GPM主衛星搭載二周波降水レーダ(DPR)データを使用することで(中央)、雨量予測 が実際の雨量(右)に近づき、予報精度の改善が見られる。
今や、私たちの生活や経済活動はグローバル化しています。2011年に起こったタイの大洪水は、現地の人々の生活を脅かしただけでなく、日本を含む各国の企業の工場に多大な被害をもたらし、経済的損失を与えました。災害被害を軽減し、変動する地球環境に適応するためには、地球全体の環境情報を把握することが重要です。
広い範囲を均質に見ることができる衛星観測は、地球規模の雨情報を取得するための唯一の有効な手段であり、世界に共通する社会インフラなのです。
日米主導の国際的な協力体制で進めている全球降水観測(GPM)計画は、複数の衛星データを利用して地球全体にわたる高頻度・高精度の雨観測を行うことで、雨雲を味方」にします。大気―陸域―海洋を循環する水は地球環境を形成する重要な要素です。その中でも「降水」は、水循環を構成する最も重要な要素のひとつです。その理由として、一つには我々の日常生活に密接に関係していること、中でも我々の使う水、すなわち、淡水資源の源が降水であることが挙げられます。
地球には14億km3もの水が存在します。そのうちの97.5%は海水で、淡水は全体の2.5%に過ぎません。その淡水についても約7割が氷河や永久氷雪となっており、湖や河川の水の量は淡水全体のわずか0.3%でしかありません。陸上に降る雨や雪がこのわずかな淡水の源となっていますが、これに対して雨の分布は世界中で均一ではなく、地域的な偏りや時間的な変動が大きいのです。 また、地球の大部分は海洋か、あるいは、人間が近づくのが困難である僻地であるために、雨量計や地上レーダによる現状の降水観測では、地表面の25%程度しかカバーしていません。 図は、世界の水の総量とその内訳を円グラフで表したもの。人間が普段生活に利用している湖や河川の水の量は、淡水の総量の0.3%とほんのわずかな量である。
自然の中の様々な水の循環を示す。GPM計画では、全球の降水量を高頻度・高精度で観測することを目的としている。降水量はフラックス量として観測が可能であり、水循環が加速しているかどうかの一つの指標となる。
10分毎に観測する密に分布した地上降水観測網(雨量計、気象レーダ)は先進国等限られた地域にしかなく、アジアやアフリカでは、水災害の頻度が高いにも関わらず地上観測データが圧倒的に不足しています。
人が立ち入れないような厳しい環境の地域、紛争地域では衛星雨量データが唯一の情報です。また、複数の国を流れる国際河川では、上流国の降水データを入手できないことが下流の国にとって切実な問題であり、国際河川は水紛争の火種の一つでもあります。
このために、広い範囲を均質に観測可能な衛星観測は、地球規模で雨の観測を実現するための唯一有効な手段であり、世界に共通な「社会インフラ」です。衛星によって観測された雨のデータは気象、気候、災害、生態系、農業など、さまざまな分野における基本情報となります。
左図は、2010年12月の1 ヶ月間について、Global Precipitation Climate Center(GPCC、ドイツ気象局が運用)の収集した世界の雨量計の観測点を、1度格子(約100kmの格子)に含まれる観測点の数として表示したもの。右図は同じデータを経度毎に、観測のあった格子数の割合を%で表示。欧米や日本・韓国などでは比較的雨量計が密集して分布しているが、アジア、アフリカ、南米は空白地帯が大きいほか、大部分を占める海域は、島嶼部にしか雨量計が存在しない。
衛星データは、天気予報でも日常的に使われています。
気象庁とJAXAは、GPM主衛星の観測データの利用により、降水を中心とした気象予測の精度向上を図るため、共同でデータの有効利用のための調査および技術開発を進めて参りました。その結果、気象庁は天気予報や防災気象資料を作成する数値予報システムにおいて、降水等の予測精度が向上することを確認しましたので、平成28年3月24日より、同衛星の観測データを定常的に利用しています。
天気予報精度の向上は、気象情報ビジネスや社会に直接的に貢献しています。サービス・小売、交通関連、農林水産、インフラ関連(建設、電力)の各分野は日常的に天気予報情報を業務に使用しています。さらに、台風やハリケーンの進路予報精度向上は、人命や財産を守ることへの寄与が大きく、熱帯降雨観測衛星(TRMM)のデータは世界で年間100-500人の人命を守ることに寄与すると推定されています(Adler, 2005)。最近では、日本気象協会は、JAXAの衛星全球合成降雨マップ(GSMaP)や「しずく」のデータを利用し、携帯電話等のサイトで、世界の天気予報と共に各地の衛星降雨画像等を公開しています。
気象庁では衛星搭載降水レーダデータを、現業予報の同化に利用。
衛星搭載の降水レーダデータを現業機関で同化に利用するのは世界で初めてのこと。
平成27年9月関東・東北豪雨の気象庁メソ数値予報モデル(MSM)の33時間予測値で、 GPM主衛星搭載二周波降水レーダ(DPR)データを使用することで(中央)、雨量予測 が実際の雨量(右)に近づき、予報精度の改善が見られる。
1988-1997年の10年間について、世界的な自然災害による被害の約2/3は洪水や暴風雨によるものでした(World Water Council, 2000)。JAXAの地球観測データ能力開発プログラムでも、洪水予測への衛星利用は常に途上国からの要望の上位にあります。
GPM計画に向けて日本が開発したGSMaPは、1時間毎に4時間前の世界の雨分布を提供します。GSMaPを入力とした洪水予警報システムやツールは、日本ではユネスコのカテゴリー2センターである土木研究所 水災害・リスクマネジメント国際センター(ICHARM)や、国際洪水ネットワークの事務局である国際建設技術協会などで開発され、現業化も進んでいます。
特に地上観測が不足している地域において有効であるため、ユネスコやアジア開発銀行などの資金によって、バングラデシュ、フィリピン、ベトナム、パキスタン等で洪水の予測や河川管理のための取り組みが進んでいます。
図は、全球合成降水マップ(GSMaP)による、タイのチャオプラヤ河流域(地図内赤線の領域内)付近の7-9月の3 ヶ月積算雨量の比較。左から、2008年、2009年、2010年、2011年。下の数値は、流域平均雨量。2011年夏季は、タイで雨が長期にわたって降り続き、大洪水をもたらした。この洪水では、タイの市民の被害だけでなく、日系企業の工場も被災し、経済的な被害も大きかった。このような災害について、関係機関と連携して、今後に備えるための研究が進められている。(画像提供:一般社団法人 国際建設技術協会)
水災害・リスクマネジメント国際センター(ICHARM)では、総合洪水解析システム(IFAS)をツールとして公開している。標高データ等から構築した地域の河川モデルの入力として、衛星による全球合成降水マップや、地上観測データを利用して、河川の流量を計算する。この解析システムを導入することにより、現地の機関が、洪水予測や警報に必要な情報を得、市民への避難勧告や情報提供を行うことができるようになる。 (画像提供:水災害・リスクマネジメント国際センター )
2013年9月に発表された気候変動に関する国際パネル(IPCC)第一作業部会の第5次評価報告書において、降水に関する将来予測が「世界平均気温の上昇に伴って、中緯度の大陸のほとんどと湿潤な熱帯域において、今世紀末までに極端な降水がより強く、頻繁となる可能性が非常に高い」と報告されているように、最新の気候変動モデルによる計算では、温暖化に伴う地域的な水循環の変化、湿潤地域と乾燥地域や雨季と乾季の間での差異が強まるなどの影響が考えられます。
しかし、現在の全球気候モデルは、地球温暖化に関連した降水量の変化を充分に予測できているとは言えません。GPM、それも主として二周波降水レーダ(DPR)による精度の高い降水粒子や降水システムの三次元の情報は、気候モデルの検証やモデルにおける降水過程の改良に用いられます。衛星による全球的な観測データのもう一つの役割は、他衛星や地上観測データと複合的に利用し、降水分布の長期変化をモニターすることです。
温暖化のような地球規模の変化を捉えるには、衛星の全球観測が不可欠です。
GPMの先駆であるTRMM衛星と降雨レーダ(PR)によって、熱帯・亜熱帯域の降水システムの気候学的研究が進みました。熱帯で大きいと言われてきた降雨の日周期、各地域における典型的な降水システム(例えば高度や大きさ)、極端降雨に関する統計などがPRによって明らかにされました。TRMMからGPMへと続く20年以上の観測データによって、昨今頻発していると感じる極端な降雨が有意に増加しているかどうかを、観測事実からも捉えることができるかもしれません。
全球の水循環の定量的な把握のためには、観測可能なフラックス量としての降水の観測が重要です。熱帯・亜熱帯の次に主要な、中緯度の温帯低気圧による降水の観測は、GPMにおける新たな課題として重要です。
GPMによる降水観測の時空間分解能の向上が、水文モデルの改善をもたらすことが期待されています。GPMデータは、水循環とその変動を定量化し、水循環における人為的変動と自然変動を識別するための大きなステップとなります。衛星全球降雨マップを陸面モデル等の入力に使い、河川流量をシミュレーションする研究も進んでおり、洪水監視や水資源管理などの実用的な目的のための精度評価の段階にあります。
高時間分解能の全球降雨マップを作成するためにはマイクロ波放射計で空間的に未観測領域があることによる誤差(サンプリング誤差)が問題となります。日本のGSMaP(Global Satellite Mapping of Precipitation)プロジェクトでは、GPM計画に向けて、静止衛星搭載赤外放射計データから推定される雲の情報を用いて、マイクロ波放射計観測の間を補間する手法を開発し、緯度経度0.1度格子、1時間の分解能の全球降雨マップが作成可能となりました。現在、JAXAの「世界の雨分布速報」では、準リアルタイムのGSMaPプロダクトを観測から約4時間遅れで提供しています。陸上降雨推定の改良や地形性降雨の考慮、地上雨量計による補正プロダクトの追加などの改善も行っており、二周波降水レーダ(DPR)による観測情報をデータベースとして活用しています。
日米共同計画として1997年11月に打ち上げられたTRMM衛星の成功を受けて、全球降水観測(GPM)計画は始まりました。GPM計画は、日米共同開発のGPM主衛星と、マイクロ波放射計を搭載したコンステレーション衛星群によって、全球の降水の高精度・高頻度観測を実現する国際協力ミッションであり、熱帯地域を対象としたTRMM衛星を発展させて、高緯度地方までの降水観測を行っています。日本が開発した二周波降水レーダ(DPR)は、GPM主衛星に搭載されます。主衛星は、太陽非同期軌道を取ることで、降水の日変化の観測をTRMM衛星から引き継ぎますが、これに対し、コンステレーション衛星群は、主衛星打上げ前後に各機関が打ち上げるものであり、観測範囲拡大と頻度向上に貢献します。
DPRは異なる二つの周波数の電波で降水の三次元構造を観測することにより、強い雨から弱い雨までを正確に観測可能であるほか、衛星として初めて雪の観測が可能になります。DPRの観測は、PRを継続する、熱帯・亜熱帯域の高精度な降雨の長期データセットに加えて、PRでは観測できなかった中・高緯度の温帯低気圧帯域の弱い雨を含む降水データセットを提供可能とします。さらに、DPRは、その高分解能かつ高精度の観測によって、同時搭載のGPMマイクロ波放射計を通じて、GPM計画に参加する複数のマイクロ波放射計に対する基準器として機能します。 DPRの観測精度を保証するため、JAXAは関係機関と協力して、地上観測による検証を行っています。
衛星による降雨観測において、1997年11月に打ち上げられたTRMM衛星の登場は画期的な出来事となった。日本と米国との共同の衛星プロジェクトであるTRMM衛星の主な目的は、全球大気の駆動源である熱帯地方の降水活動に伴う降水量の正確な把握である。そのために降水を測定することに特化し、従来から降水量推定に用いられてきた可視・赤外センサ、マイクロ波放射計に加えて、日本が開発した世界初の衛星搭載型降雨レーダ(PR)の組み合わせによって、降雨の見積もりが飛躍的に改善され、これまでの衛星観測より熱帯・亜熱帯域の降雨推定精度が1桁改善した。さらに、これまで観測がほとんどなかった海上での台風の三次元構造やエルニーニョ、ラニーニャなどの気候変動を捉えることに成功した。このようなTRMMの成功は、地球の水循環の把握や気象予報精度の向上などに、衛星観測が貢献できることを示している。
GPM計画のコンセプトは、GPM主衛星による高精度観測を、コンステレーション衛星群による高頻度観測に適用することである。主衛星は二周波降水レーダと多周波マイクロ波放射計を搭載し、降水システムの水平・鉛直構造の理解、降水粒子情報の取得、コンステレーション衛星群による降水量推定精度向上を目的とする。コンステレーション衛星群は、GPMパートナーとなる各国の宇宙機関が主衛星と同時期に打ち上げるマイクロ波放射計搭載の衛星群であり、複数衛星が連携することで、高頻度で全球降水観測を可能とする。
DPRは、Ku帯(13.6GHz)降水レーダ(KuPR)とKa帯(35.5GHz)降水レーダ(KaPR)という2台のレーダで構成され、高感度化を目的としたKaPRは、KuPRでは測れない弱い雨や雪の検出に有効であり、強い雨の検出が可能なKuPRと同時に観測することによって、熱帯の強い雨から高緯度の弱い降雪までの降水量を高精度で観測することができるようになる。
名称Name | Ku帯降水レーダKuPR | Ka帯降水レーダKaPR |
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方式Radar Type | アクティブフェイズドアレイレーダActive Phased Array Radar | |
アンテナAntenna | 導波管スロットアンテナSlotted Waveguide Antenna | |
ビーム一致精度Beam-matching Accuracy | < 1,000 m | |
周波数Frequency | 13.597, 13.603 GHz | 35.547, 35.553 GHz |
観測幅Swath Width | 約 245 km 以上 | 約 125 km 以上(-2018/5/21) 約 245 km 以上(2018/5/21-) *スキャンパターン変更について |
観測高度Observation Altitude | ~高度19 km | |
水平分解能Horizontal Resolution | 5.04 km±0.14 km(衛星直下) | |
レンジ分解能Range Resolution | 250 m 以下 | 250 m 以下/ 500 m 以下 |
観測降雨強度Minimum Detectable Rain Rate | 0.5 mm/h | 0.2 mm/h |
消費電力Power Consumption | 軌道平均 446W以下< 446 W orbit average | 軌道平均 344W 以下< 344 W orbit average |
質量Mass | < 415 kg | < 336 kg |
寸法Size | 約 2.6 m x 2.4 m x 0.7 m | 約 1.3 m x 1.5 m x 0.8 m |